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見えないガラスの天井:ドイツの男女雇用差別集団訴訟問題

 


 米国では男女雇用差別を理由として裁判所に持ち込まれるのは日常茶飯事といえるが、2006年1月に6人のドイツの幹部女性がドイツ・ドレスナー銀行の投資子会社(ドレスナー・クラインヴォルト・ヴァサースタイン銀行(Dresdner Kleinwort Wasserstein:DrKW) (注1)に対し、14億ドル(約1,652億円)の性差別訴訟を起こした。
 仕事が出来る原告らの請求事由は販売促進活動への担当を自動的に外され、相手方の男性と同等の仕事を行いながら賃金は低くかつ重要な仕事はやらせてもらえなかったというものである。この損害請求額は大きいが彼女らに支払われている給与自体が高いことからこのような額になったものである。

 このような性差別訴訟は英国で急速に増えているが、まだドイツではまれな例といえる。その理由についてドイツで憲法とジェンダー問題の研究者であるフランクフルトのヨハン・ヴォルフガング・ゲーテ大学のウテ・ザコゾフスキー教授(Ute Sacksofsky) (注2)の見解は以下のとおりである。

Ute Sacksofsky 氏

〔ドイツの差別は暴挙ではない〕
 「第一に、ドイツで支払われた補償損害賠償額は米国に比べ低い傾向にあり、訴訟を起こすという財政的な動機が弱い点がある。第二に、米国のようにドイツでは陪審員が賠償額を決める陪審員制が無く、損害賠償額は民法に基づき裁判官が支払額を決定する。民法では支払うべき額は損害額と同等でなければならない(commensurate)と定めており、これに基づき裁判官が支払額を決定する。このためドイツでは差別問題だけでなくあらゆる不法行為(tort cases)に基づく賠償額が米国に比べ低い。

 また、必ずしも明らかではないが、ドイツでは性的差別自体、文化的に見て暴挙とみる強力な要素にはなっていない。多くの人々は雇用者が誰を昇進させるかについて絶対的な決定権を持ち、いわゆる経営者の自治権を有すると感じている。我々が言う「契約の自由(Vertragfreiheit)」の概念にとらわれていると言える。

 最後の理由として、性差別訴訟に対する支援が少なく、人々はこのような行動が労働市場での原告らの機会を奪うと感じている点にあるとも言える。」

 なお、今回の集団訴訟で営業活動における不公平な扱いや賃金差別といった請求事由に加え、産休問題に対する原告からのコメントを無視したり、さらには会議を強制的に終わらせるためにストリップクラブに出向いて結果的に女性の参加を阻止しているという点も加えている。この点について、DrKW側は性差別とは無関係であり、企業イメージの低下を狙ったものであると反論している。

〔統計から見た「もれやすいパイプライン(leaky pipeline)」 (注3) 〕
 正しい実態を表しているかどうかは別として、「ガラスの天井」の存在を支持する統計を得ることは容易である。この関係を含むEUの統計機関である”Eurostat”(注4)によると、EUにおける男女の平均的賃金格差は16%である。またドイツの経済雑誌「Stern」によるとドイツの男女平均給与格差は24%であり、他のEU加盟国より悪い結果となっている。

 DrKWの市場資本部では、女性が管理部門の60%の仕事を仕切っているが、副社長(実態は取締役または上級部長扱い)20%、部長扱い13%、常務クラス2%のみである。

〔モデルとなる企業〕
 ドイツの雇用均等推進社団法人”Total E-Quality”(注5)のビート・ヴィンタラー(Beate Winterer)はドイツにおいて、グラス・シーリングがあるという疑問はまったくないと述べている。「ドイツの会社の主だった地位の情勢の数を見てください。しかし、彼女らは裁判所の持ち込むことはないと言えます。」Wintererによると、「Total Equality賞は、女性により良い機会を与えた企業等に対し報酬を与えるものである。受賞の権利を証明する際に、企業等は、女性についてのフレックス勤務制や仕事の管理、家族のメンテナンス等についてのプログラムの内容を説明しなければならない。適任の女性がいればトップになる機会が与えられなければならない。そのことが、企業の内外のイメージ向上に寄与する。」としている。

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(注1)米国の投資家ブルース・ワッサースタイン(Bruce Wasserstein)が経営していた「ワッサースタイン・ペレラ」を2001年にドイツ・ドレスナー銀行(2008年11月にコメルツ銀行の傘下となった)が買収し、同行の国際投資子会社銀行「ドレスナー・クラインヴォルト・ヴァサースタイン」となった。当時の社員数は約6千人で世界主要都市に拠点をもっていた。

(注2)同教授は1960年生まれ。公法や比較法の専門家でもある。さらに、コーネリア・ゲーテ・センターの共同代表として女性研究(Frauenstudien)や性関係(Erforschung der Geschlechterverhältnisse)の研究者でもある。

(注3) 「leaky pipeline effect」とは何を意味するのか。よく調べて見たら「キャリアをアップする段階で脱落してゆくこと」である。ビジネスの世界というより、物理学(例:英国物理学会)や天文学(カナダの天文学研究者)といった研究分野での問題指摘が多いが、本質的な問題は女性の能力と機会均違反等の問題である。とりわけ米国では全米天文学会(America Astronomical Society:AAS)全米科学財団(National Science Foundation:NSF)などは全国ベースで毎年女性のキャリア統計調査を行っている。
 カナダの天文学研究者の調査結果:http://www.casca.ca/ecass/issues/2004-me/features/women/women.html
英国物理学会:https://www.stormsmith.nl/Resources/Interactions0406.pdf

(注4) ”Eurostat”は、欧州委員会統計局が作成している公的統計で、①基本統計、②経済関連統計、③人口、社会関連、④産業、商業、サービス関連、⑤農業、漁業関連、⑥域外貿易に分かれている。すべての項目ではないがEurostatサイトから閲覧できる。

(注5) 「Total E-Quality Deutschland e.V.」は、ビジネス、科学、政治、行政等の分野において男女を問わず機会均等を実現することを目的として設置されたもので個人育成政策の効果的変化を実現することが目標である。この目標は、個人の才能、潜在的、専門性が理解され性にかかわらず採用に結びつき、推進されることで実現される。「Total E-Quality 賞」は機会均等を凝縮したことを条件に優れた活動にあたえられる。対象は機会均等について先導的な個人育成政策を達成すべき企業、機関、大学、研究機関等である。

〔参照URL〕
http://www.dw-world.de/dw/article/0,,1894005,00.html?maca=en-bulletin-433-html
http://business.timesonline.co.uk/tol/business/industry_sectors/banking_and_finance/article722692.ece

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(今回のブログは2006年2月13日登録分の改訂版である)

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