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米国史上最大規模の原油流出事故を巡る連邦規制・監督機関やEU関係機関等の対応(第7回)(その2完)

 (原油や石油分散剤による重大な健康被害)

 メキシコ湾での原油流質が始まった早期の数か月にルイジアナ州では300人以上の個人(4分の3は清掃作業員)が頭痛、めまい。吐き気、嘔吐、咳、呼吸困難や胸痛等体質に起因する疾患による治療を求めた。これらの兆候は炭化水素や硫化水素による急性障害の典型であるが他の一般的疾患による中毒症状と臨床的に区別することは難しい。
 連邦環境保護庁(EPA)は、VOCs、粒子状物質、硫化水素およびナフタリンがないか否かを検査するため大気汚染測定網にセットした。

 連邦保健福祉省・疾病対策センター(CDC)とEPAのデータ分析結果は次のとおりであった。

「これまで報告された汚染物質の一部のレベルは一時的に目、鼻、のどの炎症や吐き気や頭痛を引き起こすかもしれないが、長期的な害を引き起こすレベルではない。」BP社のウェブサイトで載せられているデータによると沖合いの作業員の大気汚染の影響が陸地での作業員に比べ高いことを示している。

石油や分散剤の皮膚接触は脱脂、皮膚炎や二次皮膚感染を引き起こす。ある人は皮膚過敏症反応(dermal hypersensitivity eaction)、紅斑(erythema)、浮腫(edema)または灼熱感(burning sensations)や甲状腺皮膚炎(follicular rash)が見られた。いくつかの炭化水素は光毒性(phototoxic)皮膚炎を引き起こす。

(長期的に見た健康リスク)
 短期的に見て各種の炭化水素が魚介類を汚染するであろう。脊椎動物の海中生物はみずからPAHsの浄化機能を持つが、無脊椎動物の場合これらの化学物質は永年体内に蓄積される。メキシコ湾は米国の牡蠣生産の約3分の2を提供しており、またエビやカニの主要漁場である。微量のカドニウム、水銀は原油から生じ、魚肉組織に蓄積され、マグロやサバという大量消費による将来の健康被害への影響を増加させる。

(歴史的に見た原油流出による健康への影響)
 1989年のエクソン・バルディーズ号原油流出事故の後、合計1811人の清掃作業員から労働災害補償金請求が行われた。その大部分は急性損傷によるものであったが15%は呼吸器系疾患、2%は皮膚炎(dermatitis)であった。この原油流出事故にかかる長期的健康被害に関しては論文審査を経た(peer-reviewed)学術専門紙で利用可能である。清掃作業後14年の健康状態に関する調査では、高度の原油を被曝した労働者において自己報告による神経学的傷害(neurological impairment)や多発性化学物質過便敏症(multiple chemical sensitivity) と同様、慢性気道疾患(chronic airway disease)の症状との著しい関連性が見られた。

 原油流出後数週間から数か月の間に実施された症状調査(symptom surveys)では、頭痛、のどの炎症、目のいたみやかゆみ(sore or itchy eyes)が報告された。

 また、いくつかの研究では下痢(diarrhea)、吐き気(nausea)、嘔吐(vomiting)、腹痛(abdominal pain)、湿疹(rash)、ゼーゼーといった喘鳴(wheezing)、咳や胸の痛みの緩やかな増加率が見られた。

 ある研究では、清掃作業員4271人を含む漁夫6780人では清掃作業後2年経過において下気道疾患(lower respiratory tract symptoms)の流行が見られた。この下気道疾患のリスクは原油被曝強度により増加している。

 2002年スペイン沖の「プレステージ号」沈没事故の清掃作業にかかわった作業員858人の研究ではボランテアや作業員につき重大な遺伝子毒性(acute genetic toxicity)について調査が行われた。

 「コメット・アッセイ法」(筆者注6)による検査ではとりわけ海岸で作業を行ったボランティアにおいてDNAの損傷が見られた。同様の検査では作業員においてCD4陽性細胞(リンパ球の一種で、細菌やウイルスといった病原体から身を守る「免疫」という働きをする細胞)、インターロイキン-2(IL-2)、インターロイキン-4(IL-4)、(筆者注7)、インターロイキン-10およびインターフェロン(IFN)の低下が見られた。

 アラスカ、スペイン、韓国およびウェールズで起きた主要な原油流出事故の研究記録では、地元住民等の精神不安(anxiety)、鬱や精神不安の比率を上げた。エクソン・バルディーズ重油流出の1年後の調査で599人の被曝地元住民に対するメンタル・ヘルス調査では 平均指標に比べ不安障害にかかりそうな人の割合は3.6倍、心的外傷性ストレス障害にかかりそうな人が2.9倍、鬱にかかりそうな人が2.1倍という高い割合であった。また、メンタヘルヘルス副作用(adverse mental health effects)が重油流出の最大6年後までの間に観測された。

(患者へのアプローチ)
 臨床医は原油と関連する化学物質の被曝による毒性を知っておくべきである。 本質的な兆候を示す患者には、住居の職業上の被曝と住居地に関して質問すべきである。 身体検査は皮膚、気道および神経系システムに焦点を合わせるべきである。油の関連の化学物質に関連づけることができるいかなる兆候も記録すべきである。ケアは、まず「兆候」と「症状」を記録し、兆候以外の他の潜在的原因や被曝から削除し、および対症療法を除外することから始める必要がある。

 洗浄期間のメキシコ湾の原油と関連する化学物質からの病気の予防策は、労働者のための適切な保護具と地域住民に対する常識的な注意を含む。 労働者は潜在的に危険なレベルの気化蒸気、エアゾール、または粒子状物質が存在するとの前提で、ブーツ、手袋、作業着、保護メガネおよび呼吸装置を含む適切な訓練と設備を必要とする。また、作業労働者は、発熱に関連する病気(休憩休息と十分な水分を補給する)を避けるために予防策を講ずるべきである。 すべての労働者の負傷や病気については適切な経過追跡を確実に報告されるべきである。

 地域住民は立ち入り禁止区域や原油に関する証拠があるところでの釣りをするべきでない。 油のにおいがある魚や貝は捨てるべきである。 汚染水、原油またはタールの塊との直接的な皮膚への接触は避けるべきである。 地域住民が原油や化学物質の強いにおいに気付いて健康への影響に関して心配するときは、エアコン付きの環境で難を避けるべきである。 地元住民におけるメンタル・ヘルスを記述する治療介入は臨床および公衆衛生機関の対応の尽力に組み入れられるべきである。より長い期間にわたる湾の清掃作業者と地元住人の「コホート研究」(筆者注8)は、原油流出時の健康後遺症に関する科学的データの精度を大いに高めるであろう。

3.米国国立保健研究所(NIH)・国立環境科学研究所(National Institute of Environmental Health Sciences:NIEHS)の原油流失問題への取り組み
 NIEHSは「メキシコ湾の原油流出対応の尽力」と題する専用ウェブサイトを設けている。
 主な取り組みの内容を紹介する。

(1)NIEHSは連邦議会、NIEHS諮問委員会(NIEHS Advisory Committees)、公益代表委員、連邦保健福祉省(HHS)、連邦国立衛生研究所(NIH)やその他の利害関係者に証言や情報提供を行っている。
その主な内容は広く国民は広く知ることが出来る。
・連邦議会での証言(testmonies)
・洗浄作業員の安全教育プログラム(WETP)内容を広く公開
・原油流出対応に関するWETPの内容をNIEHS国立諮問環境健康科学委員会(National Advisory Environmental Health Sciences Council)の洗浄活動にあわせ更新。

(2)全米科学アカデミーのNPO機関である「医学研究所(Institute of medicine:IOM)との協同研究
・2010年6月22日~23日に行われたIOM主催の公開会議に積極的に参加。

(3)健康への影響の研究と分析
・6月15日、NIHのフランシス・コリンズ博士は支援研究開発費として1,000万ドル(約8億3000万ドル)の拠出を発表した。
・8月19日、NIHはHHSが描く洗浄労働者の長期的健康保全のための研究を含むディープウォーター・ホライズン災害の潜在的健康への影響のより完全な理解のため連邦関係機関との連携的な省庁会合を開催した。
・NTP(National Toxicology Program)は、メキシコ湾で重要な危険物質の関連情報を特定するため既存の資料や文献の編纂や見直しを行っている。

(4)メキシコ湾の作業員の健康研究の重要ポイント
この研究は、呼吸器系、神経行動学(neurobehavioral)、発がん性(carcinogenic)、
および免疫(immunological)状態等の原油や分散化剤の被曝など健康への影響結に焦点を当てたものである。また、同研究ではメンタルヘルスや失業、家族分裂(family disruption)、家計の不確実性など原油流出にかかるストレス要因を査定する。
 以下、省略する。
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(筆者注6) 「コメットアッセイは真核細胞におけるDNA の一本鎖或は二本鎖の切断量を測る上で感度がよく、定量性があり、のうえ簡便、迅速、安価な方法である。今やこの方法は、産業化学物質や環境汚染物質の遺伝毒性評価、ヒト集団における遺伝毒性影響のバイオモニタリング、分子疫学研究、さらにはDNA 損傷と修復の基礎研究などの領域で広く応用されている」
翁 祖 銓、 小 川 康 恭「コメットアッセイ: 遺伝毒性を検出するための強力な解析法」「労働安全衛生研究」, Vol. 3, No.1, pp.79-82, (2010)から抜粋。

 (筆者注7)「 サイトカインとは、免疫細胞(マクロファージやヘルパーT細胞など)から分泌される活性物質で、おもに2つの役割があります。
1.免疫細胞間の情報伝達をして互いの活性化を促し、戦闘能力を高める。
2.細菌、ウイルスや癌細胞を直接、攻撃する。
 主なサイトカインは、5種類あります。IL-1、IL-2、IL-12、TNF、IFN(インターフェロン)です。」(「がんと免疫漢方薬で健康家族」免疫力を高め元気になりましょう」から一部抜粋)
 分かりやすい解説なのであえて引用した。

(筆者注8)コホート研究(cohort study)とは、ある特定集団(コホート)を長期間にわたって追跡調査する研究手法。一定集団内の人々を対象に、長期間にわたり、健康状態と生活習慣や環境の状態など様々な要因(喫煙、運動、食生活など)との関係を追跡調査する研究。異なる点や、その違いでその後の経過がどうなっていくかを見ていく方法を特に前向きコホート研究といい、過去の記録を用いてコホート内の人々を調査する方法を後ろ向きコホートという。(国立環境研究所環境リスクセンター発刊の用語集から引用)

[参照URL]
・JAMA論文
http://jama.ama-assn.org/cgi/content/extract/304/10/1118
・著者ジーナ・ソロモン自身の注記ブログ
http://switchboard.nrdc.org/blogs/gsolomon/health_effects_of_the_gulf_oil.html
・NIEHSの原油流失問題への取り組み専門ウェブサイト
https://www.niehs.nih.gov/research/programs/gulfspill/index.cfm

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