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米国史上最大規模の原油流出事故を巡る連邦規制・監督機関やEU関係機関等の対応(第7回)(その1)

  


 8月16日付けの本ブログで原油流失による健康被害について米国医療専門家の問題指摘の一部を紹介した。

 8月16日付けの米国医学専門雑誌“Journal of the American Medical Association:JAMA”は「メキシコ湾の原油流質の健康への影響(Health Effects of the Gulf Oil Spill)」と題する例証(commentary)論文を公表した。
(筆者注1)

 一般的に米国のメディア情報に大部分を依存しているわが国のメディア情報を見る限り、今回取り上げた内容は米国民だけでなくわが国の一般消費者にとっても健康保持に極めて影響が大きい問題が含まれている。
 たとえば、わが国で一般的に市販されている防虫剤には「パラジクロルベンゼン」や「香料」が成分であると記載されている。

 あらためて、出版時期は1992年2月とやや古いが現在でも十分「合成防虫剤」の危険性を警告している本「暮らしの安全白書」 (学陽書房)を読んでみた。

 そこに記載されているナフタリン、ベンゼン等を成分とする防虫剤と同様の化学物質がメキシコ湾の原油分散化剤として極めて大量(7月下旬までに180万ガロン)に使用され、特にルイジアナ州では清掃作業員の4人中3人が頭痛(headaches)、めまい(dizziness)、吐き気(nausea)、嘔吐(vomiting)、呼吸困難(respiratory distress)等を訴え、病院等で治療を受けている。

 8月4日付けの本ブログでは、石油分散剤の有毒ガス化の危険性や我々自身が安易な化学物質汚染を引き起こしている日常性の怖さを関係レポートやブログに基づき解説したが、今回のJAMAのレポートを読む限り、わが国の合成防虫剤の使用に伴う一般消費者の健康被害問題も「他山の石」として業界指導や消費者教育を厳格に行わないといけないという意味で本ブログをまとめた。

 なお、この一連のブログをまとめる際にコメントしているとおり、筆者は医療・公衆衛生関係者ではない。わが国の専門家による正確な健康リスク分析と消費者への警告レポートを期待したい。

今回は、2回に分けて掲載する。

1.著者による本レポートに関する注記
 著者ジーナ・ソロモン(Gina Solomon)は自身のブログで、本レポートをまとめた狙いや研究のポイント等につき次のように注記している。

Gina Solomon 氏

「我々が求めた目標は次の2点である。
(1)メキシコ湾の医療・公衆衛生関係者に対し地域の重要な問題として認識させるための警告を行うこと
(2)石油流出の健康被害に関する既存の科学的例証を要約し歴史から学ぼうと試みること

 本レポートはJAMAのウェブサイトにおいて「無料」で閲覧可である。(筆者注2)
私と同僚のサラ・ジャンセンはメキシコ湾の地元の情報や関係者の話を数か月間収集し、同時に連邦環境保護庁(EPA)、BP社、商務省全米海洋大気局(NOAA)および他の関係機関の情報が入手可能になり次第データを解析した。また我々は湾で何が起きているかを解明する上で役立つであろう未発表の研究内容の追跡を含む、既存の科学記事を徹底的に検索した。

 その結果、原油流出に関する4つの主な健康被害を特定した。
(1)石油の化学物質や分散化剤の空中への蒸発(vapors)
(2)油塊(tar balls)や汚染海水との直接接触による皮膚の損傷
(3)汚染された海産物の消費に伴う発ガンの潜在的危険性と長期的な健康リスク
(4)ストレスに伴う鬱(depression)、精神不安(anxiety)や自己破壊的行動というメンタルヘルス面の被害

 1つの朗報は原油流出源である穴がふさがれたため湾内の大気質が改善されとこと、その結果長期の呼吸器への人体への被害がなくなるであろうことであり、我々はこの点をまもなく確認できよう。

 海産物の安全性に関する漁業の再開はおそらく我々の最大の関心事である。エビの採取は8月16日に再開されたが、地元の人々はその安全性について知りたがっている。政府機関がそれらのデータをすべて公開していないので、それが安全であるかどうかにつき正直分からない。

 すなわち最も重大な懸念材料は妊婦、子供および生計維持のため魚を消費している人々など弱者である。

 我々はNOAAおよび連邦保健福祉省・食品医薬品局(FDA)に対し、8月17日にシーフード・リスク・アセスメントの問題点を意図的に修正していないかにつき正式文書を提出するとともに、両機関に対し海産物の安全性に関するすべてのデータの可能な限りの公開を求めるつもりである。

 我々がJAMAの論文をまとめるにあたり調査結果から明らかとなったことは、原油流出に先立っての研究がほとんど行われていないという点である。この分野に関する科学的文献は明らかにお粗末(threadbare)である。
 我々は、まさに今それを実行し、いかなる人体への影響に関する正確な文書化を行うため必要な健康調査を行うつもりである。

 8月17日午後に連邦国立衛生研究所・国立健康科学研究所(NIEHS)(筆者注3)はメキシコ湾の労働者に関する野心的健康調査結果を発表(筆者注4)する。同研究結果では短期的および長期的な多くの健康問題に関する情報を提供するであろう。そこにはメキシコ湾地域に住む妊婦、子供の研究計画がある。このこれらの調査・研究が行っている内容は極めて重要である。

 私は次回の大規模原油流出事故がないことを願うが、もし可能性があるとすれば我々はその準備を行わねばならない。」

2.JAMA レポート「メキシコ湾の重油流出の健康への影響」(仮訳要旨)
 メキシコ湾における原油流出は、原油や原油分散化剤(dispersant chemicals)の吸引や皮膚接触にもとづく人間の健康への直接的脅威を引き起こし、また間接的には海産物やメンタルヘルスへの脅威をもたらす。

 原油の主な成分は脂肪族化合物(aliphatic hydrocarbons)および芳香族化合物(aromatic hydrocarbons)である。ベンゼン(benzene )、トルエン(toluene)、キシレン等芳香低分子化合物は揮発性有機化合物(volatile organic compounds:VOCs)であり、また原油が表面につくと数時間以内に気化する。

 揮発性有機化合物は呼吸炎症や中枢神経系の鬱症状(central nervous system despression)を引き起こす。ベンゼンは人間に白血病(leukemia)を引き起こし、トルエンは高用量にともない催奇形物質[因子](teratogen)になると理解されている。ナフタリン等高分子化合物はより緩やかに気化する。

 ナフタリンは動物実験によるに嗅神経芽細胞腫(olfactory neuroblastoma )、鼻腫瘍(nasal tumors)、肺癌(lung cancers)発生に基づき「米国毒性プログラム(National Toxicology Program:NTP)」(筆者注5)により合理的に予期される人間にとっての発がん物質リストに上げられる。また、原油は食物連鎖を汚染する不揮発性の多環式芳香族炭化水素(nonvolatile polycyclic aromatic hydrocarbons:PAHs)と同様に硫化水素ガス(hydrogen sulfide gas)や重金属の痕跡を含むとされている。

 この硫化水素ガスは、神経毒性がありかつ急性および慢性の中枢神経疾患に結び付けられている。

 一方、PAHsは当然変異誘発要因(mutagens and probable carcinogens)を含む。燃料油は心臓や呼吸器疾患や若死(premature mortality)につながる粒状物質を発生させる。

今回のメキシコ湾の原油流出は油膜を破壊するため石油分散剤を大量に使用しており、7下旬までに180万ガロン以上の分散剤が使用された。この分散剤は“2-butoxyethanol”、ポリプロピレン・グリコール(propylene glycol)やするフォン酸性塩等呼吸器刺激物質を含む洗浄剤、表面活性剤(surfactants)や石油蒸留物を含む。

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(筆者注1) JAMAの解説記事の筆者は、医学学士(MD)・公衆衛生学修士(MPH)のジーナ・M・ソロモン(Gina M.Solomon)。補足すると、Gina Solomon, MD, MPH, senior author, director of (カリフォルニア・サンフランシスコ大学医学部)UCSF's Occupational and Environmental Medicine Residency and Fellowship Program and senior scientist with the Natural Resources Defense Council (NRDC)(環境保護団体NGO:天然資源保護協議会) in San Francisco.
 共著者は、医学博士(PhD)・公衆衛生学修士のサラ・ジャンセン(Sarah Janssen)である。

 なお、本レポートはJAMAの有料会員等一定の条件つきでないと全文は読めない。他関係サイトで引用されている原文をもとに要約文をまとめた。

(筆者注2) ブログからJAMAサイトにリンクできるが、全文を読むためには同協会の会員資格を得るなどしなければならない。

(筆者注3) 国立医薬品食品衛生研究所安全情報部サイトでは米国NIEHS等「国際的化学物質評価文書類の翻訳やGHS健康有害性に関連する資料など、化学物質安全性情報を提供します。」と宣言しているが、今回のブログのようなまさに国民の健康に影響がある問題に関するレポートについての翻訳作業の記録はない。

(筆者注4) 本文でも紹介したとおりNIEHSは「メキシコ湾の原油流出への取り組み」と言う専用ウェブサイトでその住民やボランティアを含む作業員等の健康保護問題につき連邦議会での証言や連邦関係機関との協調検討を行っている。ソロモン博士が指摘した8月17日に開催されたNIEHSのオンライン会議(Webinar)の内容は音声と文書で誰もが利用できる。

(筆者注5) “NTP”は 米国連邦保健福祉省(DHHS)により1978 年に設置された事業。慢性毒性を中心に、米国の国立環境健康科学研究所(NIEHS)等を中心として各省庁が連携して実施する毒性試験の計画、試験計画、物質選択、試験結果を含めて公表されている。評価対象化学物質の選択と発がん性の分類を行う機関である。(日本の環境省の用語解説等から引用)

[参照URL]
・JAMA論文
http://jama.ama-assn.org/cgi/content/extract/304/10/1118
・著者ジーナ・ソロモン自身の注記ブログ
http://switchboard.nrdc.org/blogs/gsolomon/health_effects_of_the_gulf_oil.html
・NIEHSの原油流失問題への取り組み専門ウェブサイト
http://www.niehs.nih.gov/about/od/programs/gulfspill.cfm

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