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フランスの銀行・保険の規制監督機関の単一機関化にかかる法改正の最新動向

  

Last Updated:February 25,2021

 わが国ではほとんど紹介されていないが、フランスは2010年1月23日施行された国会からの委任による政府立法である「オルドオナンス(Ordonnance no.2010-76)」 (筆者注1)に基づき、銀行(与信機関)と保険会社を監督する単一機関である「金融健全性規制監督機構(Autorité de contrôle prudentiel:ACP)が発足した。

 フランスの金融規制監督機関制度は従来から複雑な体系を有しており、近年その簡素化を巡る法改正が積極的に行われ、最近では2003年7月17日に「金融安全に関する法律(Loi de sécurité financière)(以下「金融安全法」という) が国民議会で可決成立し、同年8月1日に公布された。「金融安全法」で実現した金融規制監督機関の再編の中で最も頻繁に言及されるのは、証券・投資サービス分野における規制監督の一元化であり、また保険分野での監督機関の統一である。ただし、その他にも多くの機関が再編の対象となっており、その全貌はかなり複雑である。(筆者注2)

 そこで今回のブログは、2003年「金融安全法」に基づく証券規制監督機関の統合すなわち金融市場機構(Autorité des Marchés Financiers:AMF)(筆者注3)に続き、2010年1月21日の発足したACPの統合内容、規制対象金融機関、組織と運営、監督権限およびAMFとの協調関係について概観する。

 なお、筆者はAMFの動向については毎日のように着信する通達内容を見るが、筆者が注目したのは米国の金融監督制度改革論議やEUの監督制度改革との比較という視点のほか、米国のリーマンブラザースに始まったとされる金融破たんの連鎖(システミック・リスク)は世界の金融システムの連鎖的混乱を招き、さらには各国やEU全体の金融監督制度の全面的な見直しのトリガーとなった点である。

 翻って考えると、世界的システミック・リスク問題に関し、わが国の金融監督制度は果たしてまったくの影響なしに過ごせるであろうかという点である。

1.4つのフランスの銀行、金融サービスおよび保険業界の規制・監督機関の廃止
(1)与信機関・投資サービス会社委員会( Comité des Etablissements de Crédit
et des Entreprises d'Investissement:CECEI)
(2)保険会社委員会( Comité des Entreprises d'Assurance :CEA)
(3)銀行委員会( Commission Bancaire:CB)
(4)保険会社・相互保険組織・共済組合監督委員会( Autorité de Contrôle des Assurances et des Mutuelles :ACAM)

 (1)(2)は金融会社や保険会社等につき個々に免許の供与、承認や剥奪につき責任を負い、(3)(4)は金融サービスや保険業において業務の円滑な経営持続についての監督責任を負うものであった。

2.ACPにより規制・監督下におかれる金融機関
 4つの元規制・監督機関の統合により、ACPは次の事業体や個人の免許や事業の持続性監視に関し責任を負うこととなった。

(1)金融サービス業界
銀行(credit institutions)、金融ポートフォリオ管理会社を除く投資信託会社(investment firms)、規制金融市場運営会社(market undertakings)(筆者注4)、清算会社会員、金融商品の安全性・管理活動に関し認可を受けた個人(person authorized for the activity or safekeeping or administration of financial instruments)、決済サービス機関(payment institutions)、金融会社および複合活動を行う金融持株会社(financial companies and mixed-activity financial holding companies)、両替商(money-changers)

(2)保険サービス業界
 保険会社、再保険会社、相互保険会社および相互組合(mutual companies and unions)、社会保障法典で規定される医療互助保障機関(institutions de prévoyance) 、偶発性医療相互保障組合および同等グループ(unions et groupements partaires de prévoyance)、保険会社グループおよび保険会社混合グループ、リスクを負う証券化実現手段(securitization vehicles bearing insurance risks)

 また、ACPはとりわけ保険や再保険の仲介活動、銀行業務の仲介および支払サービスを遂行する個人の監督責任を負う。

 投資サービスを行う銀行や投資会社に関し、ACFはビジネス・ルールの指揮や投資サービスプロバイダーの統治においてAMFの既得権をおかすことなく権限や司法権をもって監督を行う。

 さらにACPは、いわゆる欧州パスポート(投資法人等の設立の自由およびサービス提供の自由)(筆者注5)の下でフランス国内で投資業務を行うEEA (欧州経済領域)の法人等の監督を行う。

(3)ACPの組織と運営
 AMFの例に倣いACPは2つの異なる組織、すなわち「理事会(collège)」と「制裁委員会(commission des sanctions)」で構成される。
 16人の理事からなる理事会は、特段の定めがない限りACPに与えられたすべての責任を執行し、総会ではACPの基本に関わる決定を行い、また金融サービスや保険業界に関する共通的一般問題を審査する。
 反対に、個別問題については金融サービスまたは保険に特化した8人からなる小理事会で審査される。

 「制裁委員会」は5人からなり、行政処分または刑事罰を科す唯一の権限を持つ。従来指摘されてきた銀行委員会(Commission Bancaire)が苦情を申し出る母体と決定の責任をもつ委員との分離が不十分であるという批判を避けるため、ACPはAMFの組織的特徴を複製した。
すなわち、制裁手続の開始は理事会の任務であるが、その場合これらに関するすべての判断は制裁委員会により命じられなければならない。主要な改正点はACPの理事長は理事会の優先承認とともに国務院(Conseil d’Etat)に対し制裁委員会決定に対する異議申立権が与えられたことである。

 今回発布されたオルドオナンスは、理事会や制裁委員会メンバーおよびACPの監督下にある企業との間で利害の対立が生じないような措置に関する規定が含まれている。

(4)ACPの権限
 本オルドオナンスは、ACPの監督、管理および懲罰(disciplinary)権限を明確化した。それはバーゼルⅡフレームワークから導かれる第二の柱(金融機関の自己管理と監督上の検証)の審査手続につき特段の法的根拠を提供する。
 すなわち、このことはACPに金融監督下にある企業や個人に対し監督の範囲内、特に自身のファンドにとって規則上要求される最低自己資本ライン以上のレベルを維持し、かつ自身のファンドが要求される特別な条項化したポリシーまたは資産の取扱いに適用できる点を含む、財政状況の強化・保持や自身の組織強化を目的とする手段を取るため差止命令を発することを認めることを意味する。

(5)AMFとの緊密な調整活動
 本オルドオナンスは、共同機構(Pôle Commun)と呼ばれるACPとAMFの革新的な協調手段を導入した。共同機構は金融商品のマーケティング条況の共同監督ならびに被監督機関が顧客、借手、被保険者、メンバーや受益者に対する義務を的確に遵守していることの監督を実行に移す。
 この共同機構は、公告キャンペーンに対するきわだって共同したモニタリングや顧客の疑問への単一的な接触ポイントの創設に寄与する。

(6)ACPに期待される主なメリット
①ACPにより規制される金融機関等にとっての規制・監督の一貫性向上、特にACPは銀行や保険会社を包含する金融グループに対する制御の変更に関する事前認可手続の簡素化することにつながる。
②AMFとACPの2つの監督機関が声をそろえることで生命保険証券を含むすべての金融商品に関する消費者保護を強化する。
③欧州銀行監督者委員会(CEBS)等の国際金融監督機関会議におけるフランスにとってのより良いかつ強固な発言力の向上である。
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(筆者注1) フランスの法令体系について簡単に説明しておく。「オルドナンス(ordonnance)」は国会からの委任による政府立法をいう。「政令(décretは共和国大統領または首相がもつ規則制定権または個人権限に基づき下す法律行為をいう)」、「省令(arrêté)は規則制定権または個人的権限に基づき下す首相自身またはその効果についての委任署名に基づく決定を言うu par un fonctionnaire delegue a cet effet.)、「通達(circulaire:La circulaire sert, comme les directives, notes de service et autres instructions, a exposer les principes d’une politique, fixer les regles de fonctionnement des services et commenter ou orienter l’application des lois et reglements ; elle est signee par le ministre ou par un fonctionnaire delegue a cet effet.)」がある。
 なお、フランス政府の立法専門サイトである“Legifrance.gouv.fr”の「立法ガイド(Guide de Légistique)」はLoi、Ordonnance、 décret等について共和国憲法の根拠条文も含め規範構造を詳細に解説しており、参照されたい。

(筆者注2) 奥山裕之「フランスの金融安全法」(国立国会図書館 レファレンス2004年2月号)および白石智則「フランス金融安定法による金融監督の現代化」(早稲田大学フランス法研究会)は、「金融安全に関する法律」(比較法学38巻1号355頁以下)に基づくフランスの金融監督機関の統合につき詳細に論じている。わが国ではフランスの金融規制監督制度全般につき専門的に論じられることは極めて少なく、関心のある向きは是非読まれたい。
(筆者注3) AMFの活動状況は活発である。3月31日に筆者の手元に届いた最新リリース内容を参考まで紹介する。
金融市場の事業者の認定を受けるための法律専門知識に関するAMFマニュアルの発刊および新Q&A(2010年3月30日)
AMFが資本に算入できない債権証書の買戻しに適用法規に関するパブリックコメントの募集を開始(提出期限4月30日)
自然人で投資やコンサルティングを行うにつきAMFの認可を受けるための専門家試験に関する3月23日付け命令(2010-01)

(筆者注4) フランスの“market undertaking”についてはなじみがないであろうから、
“Legifrance.gouv.fr”の定義を引用しておく。フランスの「通貨金融法典(Monetary and Financial Code)」第4分冊「市場」第Ⅳ部「規制金融市場運営会社(market undertaking)・免許清算会社(clearing house)」第Ⅰ章にその定義を定める。
 すなわち“market undertaking”とは「主要な活動として規制された金融商品市場の運用の管理を行う営利会社」をいう。
 なお、あわせて“clearing house”についてLegifranceの解説部分を引用しておく。“The clearing houses oversee the positions, the margin calls and, when applicable, the automatic settlement of positions. They must have credit-institution status. Their operational rules must have been approved by the Financial Markets Council.
The relations between a clearing house and a person referred to in Article L. 442-2 are of a contractual nature.”

[参照URL]
http://elink.allenovery.com/getFile.aspx?ItemType=eAlert&id=c0ecc263-38fe-413d-b697-65d954339aff(ACPの解説)
http://www.deweyleboeuf.com/~/media/Files/attorneyarticles/2010/20100303_PLCInsuranceHandbookFranceDeweyLeBoeuf.ashx(ACPの解説)
http://www.gouvernement.fr/gouvernement/banque-assurance-accord-sur-la-creation-d-une-autorite-de-controle-commune(ACPに関するフランス政府の解説)
http://www.amf-france.org/(AMFのHP)

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