ロシアは2021年11月15日、世界で4番目の地上基地からの対衛星( ASAT )ミサイル撃墜テストを実施し、そうすることで、国際宇宙ステーション( ISS )の安全を脅かした。ロシアの弾道弾迎撃ミサイル「A-235 PL-19 Nudol(ヌードリ)」(動画(注1)が2021年11月15日にロシア北部のプレセツクから発射された。グリニッジッ標準時(GMT) 02時46分に離陸し、約5分後に既に機能停止していたソビエト時代の引退した衛星を迎撃した。この撃墜された衛星であるコスモス(Kosmos)1408 は、1982年9月16日に打ち上げられたツェリナDクラス電子情報/信号情報衛星(Tselina-D class signals intelligence satellite)で、数十年にわたっての機能は消滅していた。破壊されたときに爆発し、“デブリ・クラウド”を引き起こしたようである。
この問題は当時、内外メデイアが大きく取り上げたことは言うまでもない。最近、宇宙ごみ問題が改めてメデイアで取り上げられているが、それだけでなく他方で宇宙軍強化や宇宙兵器問題(ソフト・キル)がとり上げられていることがきっかけとなり、あらためてASATの世界的に見たリスクを考えるために再度見直し、筆者なりにまとめて見た。
本ブログは、2021.11.16 ABC newsを基本とするが、より専門的な解説としてseradata社の解説およびSPACE news記事)を適宜引用、仮訳した。
1.ロシアは2021年11月15日、世界で4番目の地上基地からの対衛星( ASAT )ミサイル撃墜テストを実施
【ABC newsのキーポイント】
・ロシアは対衛星ミサイルの珍しいテストを行った 。
・今回の撃墜により、1,500個を超える追跡可能な軌道デブリ(orbital debris)(注2)が生成された。
・米国宇宙軍司令部や国務長官は、ISSの宇宙飛行士を危険にさらしたとしてロシアを非難した。
2021年11月15日、ロシアは「危険で無責任な」ミサイル実験を実施し、自国の人工衛星(Kosmos-1408))を爆破し、破片の雲(debris cloud)を作り出し、国際宇宙ステーション(ISS)の乗組員に回避行動を取らざるを得なかったとして米国等から強く非難されている.
米国務省のネッド・プライス(Ned Price)報道官は記者会見で「ロシア連邦は独自の衛星の1つ(Cosmos-1408)に対して直接上昇する対衛星ミサイルの破壊的な衛星テストを無謀に実施した。このテストでは、これまでに1,500を超える追跡可能な軌道デブリと数十万個の小さな軌道デブリが生成され、現在ではすべての国の利益を脅かされている」と述べた。
彼は、このテストは「国際宇宙ステーションの宇宙飛行士と宇宙飛行士、および他の人間の宇宙飛行活動へのリスクを大幅に高めるだろう」と付け加えた。
記者会見で後に米国が正式な外交的抗議を提出するかどうか尋ねられたプライス報道官は、米国は「そのような実験の無責任と危険性を警告するためにロシアの高官に何度も話しかけた」と述べた。また彼は、米国政府または同盟国がテストに対応して講じる「特定の措置」についてコメントすることを拒否した。
また、米国国務省長官のアントニー・ブリンケン氏は、このテストにより数十万個の小さな軌道破片が発生した可能性が高いと語った。
衛星攻撃兵器( Anti-Satellite:ASAT )テストはまれであるが、国際宇宙ステーション等低地球軌道の乗組員(全7名)に明らかなリスクをもたらすため、批判されている。
NASAは、米国の宇宙飛行士ラジャ・チャリ(Raja Chari)、トム・マーシュバーン(Tom Marshburn)、ケイラ・バロン(Kayla Barron)、および欧州宇宙機関(European Space Agency)の宇宙飛行士マティアス・モーラー(Matthias Maurer)が, 宇宙ステーションが宇宙がれきフィールドを通過したとき、ドッキングされたカプセルに避難しなければならなかった。
ロシアの宇宙飛行士、アントン・シュカプレロフ(Anton Shkaplerov)とピョートル・ドゥブロフ(Pyotr Dubrov)、およびNASAの宇宙飛行士マーク・ヴァンデ・ハイ(Mark Vande Hei)は、ロシアのセグメントのソユーズ宇宙船で避難した。
どちらの宇宙船も救命ボートとして使用でき、緊急時には乗組員を地球に戻すことができる。
〇ロシアは宇宙を「兵器化(weaponising)」したとして非難された
米国宇宙司令部の司令官であるジェームズ・ディキンソン(James H. Dickinson)氏は、ロシアが宇宙を「兵器化」し続けていると非難した。
James Dickinson氏
ディキンソン氏は「ロシアは宇宙から戦場への転換を防ぐために働いていると公に主張し, 同時に、モスクワは宇宙基地のシステムへの米国の依存を利用しようとする軌道上および地上基地の機能を開発および配備することにより、宇宙を武器にし続けている」と述べた。
ロシアの国営宇宙企業ロスコスモス(Roscosmos: Государственная корпорация по космической деятельности)はこの事件を軽視した。
すなわち、「今日の乗組員に標準的な手順に従って宇宙船に移動することを強いたオブジェクトである撃墜ミサイルの軌道は、ISS軌道から遠ざかっていた」と当局(Roscosmos)はツイートした。
さらに「ISSはグリーンゾーン(安全エリア)にあり、友達、すべてが定期的に開催される! プログラムに従って引き続き作業を行っている」と語った。
米国の非難後の最初のコメントで、ロスコスモスは「我々にとって、主な優先事項は乗組員の無条件の安全を確保することであった。宇宙機関は、「危険な状況に対する自動警告システム」が続いていると付け加え、国際宇宙ステーションとその乗組員の安全に対するあらゆる脅威を防止し、これに対抗するために状況を監視することである」と述べた。
〇 ASATとは何か?
ASATは、少数の国(米国、ロシア、中国、インド)だけが所有するハイテク宇宙兵器であり、独自の衛星を撃墜する能力を示している。
インドは2019年にそのようなテストを実施した国であった。 米国を含む他の大国によって強く批判されたテストで何百もの「スペース・ジャンク(宇宙ゴミ:space junk)」を作成することであった。
これまで中国は2007年に衛星を撃墜し、米国は2008年2月衛星を撃墜 (注3)した。
ハーバード大学の天文学者ジョナサン・マクダウェル(Jonathan McDowell) 氏は、入手可能なリスクの証拠はそのような衛星撃墜テストと一致していると述べた。
Jonathan McDowell氏
アナリストによって監視された宇宙から地上への落下は、特定の破片ではなく「宇宙ゴミ:デブリ・クラウド("debris cloud")」について以下のとおり、語った。
「それが私に伝えているのは、これが彼らが話している最近の出来事であり、よく特徴付けられ、知られている、カタログ化されたデブリ・オブジェクトではないということである。しかし、まだカタログ化されていない新しいデブリ・オブジェクトがたくさんある」と語った。
今回のテストで破壊されたロシアの衛星であるコスモス1408の既知の軌道面は、ISSが93分ごとに地球を周回するときにISSが遭遇するデブリ・クラウドと一致していた。
「ロシアの行動には公共の安全性の要素はない。これは純粋に軍事テスト、武力による威嚇(sabre-rattling)テストであり、それは絶対に行われるべきない」と彼は付け加えた。
「宇宙産業の人々の間のますますの危険視する感覚は、我々がすでにそこにあまりにも多くの破片を持っているということあり、意図的に多くを生成することは許されない」と付け加えた。
さらにマクダウェル氏は、「デブリ・クラウドからの最初の物体は数か月以内に地球の大気中に落下し始めるはずだと述べた, しかし、このクラウドが完全に晴れるまでには最大10年かかる可能性がある」と述べた。
なお、憂慮する科学者同盟(Union of Concerned Scientists) (注4)は現在、軌道上に4,500を超える衛星があり、SpaceXのような企業は最大数万台を打ち上げる計画であると推定している。
2.2021.11.16 米国NASA「ロシアの ASAT 試験に関する NASA 管理者の声明」NASA声明文を以下、仮訳する。
モスクワ時刻で2021年1月15日、国際宇宙ステーション (ISS) のフライト・コントロール・チームは、ステーションに結合のレンダリングをもたらすのに十分なデブリを生成する可能性がある衛星の撃墜の予定を通知された。 NASA 長官のビルネルソン・ジョンソン(NASA Administrator Bill Nelson)氏は、この事件について次の声明を発表した。
Bill Nelson氏
「本日(16日)、破壊的なロシアの衛星攻撃(ASAT)テストによって生成された破片のために、ISSの宇宙飛行士の安全のために緊急避難手順を実施した。
ブリンケン国務長官と同様に、私はこの無責任で不安定な行動に憤慨している。有人宇宙飛行の長い歴史を持つロシアが、ISSのアメリカ人および国際パートナーの宇宙飛行士だけでなく、彼らの行動は無謀で危険で、自国や中国の宇宙ステーションと宇宙飛行士を脅かしている。すべての国は、ASATからのスペース・デブリの意図的な作成を防止し、安全で持続可能な宇宙環境を促進する責任がある。
NASA は、陸上上の乗組員の安全を確保するために、今後数日間およびそれ以降もデブリを監視し続ける」
ISS乗組員は、コロンバス(欧州実験棟:Columbus)(注5)、日本実験棟きぼう(Kibo)、常設多目的モジュール(Permanent Multipurpose Module)、ビゲロー拡張可能活動モジュール(Bigelow Expandable Activity Module)、クエスト・ジョイント・エアロック(Quest Joint Airlock)など、米国とロシア間のセグメント・ハッチは開いたままであった。(ISS の主な要素図)
JAXA資料から引用
ISS乗組員を保護するための追加の予防措置が、デブリ・クラウドを通過するか、その近くを2周通過するために実行された。乗組員はEST時間の午前2時少し前に宇宙船に乗り込み、午前4時頃までそこまでにとどまった。これは、ヒューストンにあるNASAのジョンソン宇宙センターのデブリ事務局とデブリの専門家によって行われたリスク評価に基づいたものである。
英国政府もロシアの実験に反対した。ベン・ウォーレス(Robert Ben Lobban Wallace)国防相は声明で、「ロシアによるこの破壊的な対衛星ミサイル実験は、宇宙の安全保障、安全性、持続可能性を完全に無視していることを示している。このテストで生じたデブリは軌道上に残り、人工衛星や有人宇宙飛行は今後何年も危険にさらされることになる」と述べた。
Robert Ben Lobban Wallace 氏
国務省の声明の前に、コスモス 1408 が ASAT テストの犠牲者であるという憶測が広まった。特に、直接上昇 ASAT テストと合致するロシア北部のプレセツクからのロケット発射についてロシア人が提出したISS飛行士への通知があったためである。
「このCosmos-1408撃墜イベントを追跡している。国務省の声明の数時間前に、LeoLabs (注6)の最高経営責任者である ダニエル・サパアリー(Daniel Ceperley )氏は、次のように述べている。同社は後に、少なくとも 30 個の異なる物体を見たと述べた。
Daniel Ceperley 氏
彼は後に、彼の会社の地上レーダーは、11 月 15 日米国東部の午前 11 時 20 分に複数の物体を検出するまで、コスモス 1408 を単一の物体として 1 日に 3 回追跡していたと述べ、単一物体が最終日内に崩壊したことを示唆した。
Ceperley氏 は、ここ 11 月 15 日に米国航空宇宙研究所が開催した ASCEND 会議で、宇宙領域の認識に関するパネルディスカッションで講演した。他のパネリストも参加し、Leolabs でのデブリの数が増加したことでこの事件を「不運」と呼んだ。
SpaceX のビルドおよび飛行の信頼性担当副社長であり、NASA の有人宇宙飛行プログラムの元責任者であるウィリアム・H・ガーステンマイヤー(Bill Gerstenmaier) 氏は「2007 年に中国の ASAT が行われた。それは長い間、我々の宿敵であった。現在、これらの別のものがあるようである。宇宙空間や地球にとって大変危険であり、これは我々がする必要があることではない」と述べている。
Bill Gerstenmaier 氏
その 2007 年の中国の ASAT テストでは、人工衛星と国際宇宙ステーションにとって危険であり続けている破片が作成された。2021年11月、そのテストからの破片の1つがISSステーションの近くを通過する危険性を示したとき、ステーションはデブリ回避オペレーションを実行した。NASA と他の ISS パートナーは、もともと2021年11月後半に計画していた軌道高度調整(reboost maneuver)(注7)の代わりにマニューバを進めることを選択した。
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(注1) システム A-235 PL-19 Nudol (Система А-235 / ПЛ-19-181М / Нудоль) は、開発中のロシアの対弾道ミサイルおよび対衛星兵器 システムである。モスクワと重要な工業地域への核攻撃をそらすように設計されている。 システムの主な開発者は、JSC Concern VKO Almaz-Antey である。 新しいシステムは、現在の A-135 を置き換える必要がある。 2 つの主な違いは、A-235 が通常の弾頭を使用することと、移動可能であることである。(Wikipediaから抜粋、仮訳 )
(注2)軌道デブリ (orbital debris:OD) は、宇宙船の破片や引退した衛星など、もはや有用な目的を果たさない軌道上の人工物である。NASA の OD プログラム 局は、宇宙環境を測定し、軌道環境のユーザーを保護するための緩和の取り組みを主導している。
(注3) 2008 年 2 月、ハワイの北西数百キロにあるイージス級巡洋艦 USS レイク・エリーから発射されたミサイルが空高く打ち上げられ、数分後に誤作動を起こしていたアメリカの極秘衛星を破壊した。この作戦は「バーント・フロスト(Burnt Frost)」として知られており、アメリカの当局者によると、人工衛星からの潜在的に有毒な破片が人口密集地域に落ちるのを防ぐために行われた。この作戦は、批判の多い中国の対衛星実験で大量の軌道デブリが生成されてからわずか数か月後に行われた。アメリカの行動は破片の発生を最小限に抑えるように設計されていたが、それでも物議を醸し出した。
オペレーション・バーント・ フロストは、機能していない米国の国家偵察局(U.S. National Reconnaissance Office:NRO)の衛星USA-193を迎撃し、破壊するための軍事作戦であった。このミッションは、ミサイル防衛局(Missile Defense Agency)によって「1,000 ポンド以上の危険なヒドラジン推進剤を含む 5,000 ポンドの人工衛星の制御不能な再突入から人命を守る任務」と説明された。発射は 2008 年 2 月 20 日午後 10 時 26 分頃にUSS レイク・エリーから行われ、衛星を撃墜するために大幅に改造された標準ミサイルRIM-161 Standard Missile 3 (SM-3) (注3)が使用された。発射から数分後、SM-3 は標的を迎撃し、任務を成功裏に完了した。この作戦は他国、主に中国とロシアから多くの精査を受けている。(Wikipediaから抜粋,仮訳 )
RIM-161 Standard Missile 3 (SM-3) (Wikipedia から引用)
RIM -161 Standard Missile 3 ( SM-3 ) は、米国海軍がイージス弾道ミサイル防衛システムの一部として短距離および中距離の弾道ミサイルを迎撃するために使用する艦載地対空ミサイル・ システムである。主に対弾道ミサイルとして設計されたが、SM-3 は地球低軌道の下端にある衛星に対する対衛星能力にも採用されている。SM-3 は主に米国海軍によって使用およびテストされており、日本の海上自衛隊によっても運用されている。(Wikipediaから抜粋、仮訳)
(注4) 憂慮する科学者同盟(Union of Concerned Scientists; UCS)は、アメリカ合衆国(米国)の科学者団体である。1969年、ベトナム戦争が激化しカヤホガ川の汚染が深刻になる中で、マサチューセッツ工科大学の科学者と学生によって創設された。創設者は、米国政府が科学を悪用していることに愕然とし、科学研究は軍事技術から離れて環境や社会の問題の解決に向かうべきだと宣言した。現在、地球温暖化、核軍縮、科学と民主主義などの問題に取り組んでいる。(Wikipediaから抜粋)
(注5)コロンバス(欧州実験棟)「コロンバス」(欧州実験棟)は、欧州宇宙機関(ESA)によって開発された実験棟で、国際宇宙ステーション(ISS)組立フライト1E(STS-122ミッション)で2008年2月に打ち上げられた。
コロンバス外部での船外活動の様子(STS-122ミッション)
コロンバスは、欧州では初めての宇宙飛行士が長期間活動できる有人施設で、生命科学、材料科学、流体物理学などのさまざまな実験を行うことができる。コロンバスには、国際標準実験ラック(International Standard Payload Rack: ISPR)に適合する10台の実験ラックが取り付けることができ、8台は側面に、2台は天井に配置される。 また、コロンバスの外部にはESAの船外実験装置の設置場所が4箇所あり、さまざまな宇宙曝露実験が行われる。(JAXA解説から抜粋)
(注6) Leolabs提供サービス例
・LeoLabs Tracking and Monitoring (低軌道追跡および監視サービス)
・LeoLabs Collision Avoidance (衝突回避サービス)
地球低軌道(LEO)マッピングサービス及びスペース・デブリの脅威から人工衛星を守る宇宙状況認識(SSA)に取り組むLeoLabs(共同創業者兼CEO:Daniel Ceperley氏)が、日本の防衛省と契約を締結し、航空自衛隊向けにデータやサービスを提供することを発表した。LeoLabsは現在、米国・ニュージーランド・コスタリカに設置された合計6台のレーダーを活用しており、2022年末までにオーストラリアと大西洋のアゾレス諸島にさらに4台のレーダーを追加する予定。今後も衛星が増えていく中で、低軌道におけるSSAサービスの重要性が増していく。(Tellus記事から抜粋)
(注7) 国際宇宙ステーションは、軌道高度を約 400 キロメートルに維持するために定期的にリブースト操作(reboost maneuver)を完了し、地球の大気の最外層の抗力による速度の緩やかな低下に対抗している。
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