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英国メディアやメンタルヘルス擁護財団等のレポートに見る精神の病による汚名と社会的差別問題

 


 筆者の手元に、英国の代表的メディアである「インディペンデント紙」の10月18日付け記事が届いた。また、従来から読者登録している英国のメンタルヘルス問題に詳しいNPO財団「メンタルヘルス・ファンデーション(Mental Health Foundation)」のこの問題に関する解説を読んだ。

 わが国でも、やっとこの問題の社会的影響の大きさや企業、学校や家庭における問題の根の深さ、さらには医療機関における取組みの遅れ等がメディアや行政機関等で取り上げ始められてきた。

 筆者はこの精神医療分野の専門家ではないが、同記事の内容を概観するとともに、英国社会の取り組みの現状、さらにこの問題の根の深さを改めて考えるきっかけといたしたくまとめてみた(記事の原文にない注書やリンクは本ブログの内容の正確さを向上させるため、筆者の責任で行った。また、誤訳や解釈等に問題があれば関係者からのコメントを期待する)。

 なお、インディペンデント紙の同記事に対する読者の反応(コメントやTweet数)は極めて多いことを付言しておく。


1.インディペンデント紙の記事概要(仮訳)

○この問題について、研究者は西洋社会の唯一かつ最大の身体障害の原因であり、多くの苦しむ人々が、それに付随してうける汚名(stigma)は病気そのものより悪いと語る。

 自身の精神疾患につき、はっきりと明言する有名人は英雄として歓迎されるが、他方で一般市民の場合は遠ざけられ、ののしられかつ虐待される。
 35カ国の1,000人以上を対象とする国際的な研究において、4分の3の人が職場や友人関係において村八分になるなどの迫害にあっていることが明らかとなった。このような「いわれなき差別(discrimination)」は、彼らの状態をますます悪化させる措置の遅れの原因となっている。

 鬱病等の精神疾患は、薬や心理療法精神療法により60~80%が助けられうる。しかし、実際はその半分のみが治療措置を受け、また、たった10%の人が正しい薬の投与、十分長期かつ正しい効果的な心理療法を受けている。英国外科学会が発刊する著名な医学雑誌「ランセット(The Lancet)」がまとめた国際的な調査結果では、差別化(discrimination)のレベルは3年前に行われた同様の調査で明らかになった統合失調症(psychotherapy) (注1)に対するものと変わらないレベルであることが明らかになった。

 また、欧州で最大規模の英国「精神医学研究所(Institute of Psychiatry King's College)」(注2)の「公共医療および人口調査部」の責任者であるグラハム・ソーニクロフト(Graham Thornicroft)教授 (注3)は、「我々は、ここに重大な問題―非公開とする問題は疾患者にとって必要以上なバリアーとなる。すなわち人々が医療措置を求めず、その結果、専門家の手助けを受けられないことを意味する」と述べた。

 他方、テニス・チャンピオンのセレナ・ウィリアムズ(Serena Williams)、米国女優のキルスティン・ダンスト(Kirsten Dunst) (注4)、トークショーの司会者スチーブン・フライ(Stephen Fry) (注5)等が広く大衆の面前で自身の精神疾患の告発を行う有名人が増える一方で、この病でひどく苦しむ人々も広がった。

○前ノルウェイの首相であるクェル・マニェ・ボンデヴィック(Kjell Magne Bondevik) (注6)は、1998年に鬱(うつ)のエピソードから回復する段階で、3週間公務責任を放棄したとき、世界中から承認や支持を得て、次の選挙では再任された。

 これと対照的な問題として、ソーニクロフト教授は次のような事例を紹介している。「隣人がある女性を避けるため犬の糞をドアから投げ込んだリ、ある男性がかつて精神病院に入院していたことを知った警察が、泥棒に入られたときに元気がないことからその面談を中止してしまった」という例を挙げている。我々の調査結果では、いわれなき差別が広範囲であり、その差別がほぼ確実に活動的な社会生活や仕事を得たり維持する上で障害となっていることを示す。
 
 2008年に英国政府が精神的な病がある人々にとって差別の減少を目的とし立ち上げ、現在も続いている“Time to Change”キャンペーン (注7)は控え目ではあるが重要な意義を持つことは明らかである」と述べている。

 別々の研究では、研究者は2008年の経済崩壊は女性ではなく、男性のメンタルヘルスの劣化(deterioration)を招いた。この崩壊後、3年間は不安神経症(anxiety)や鬱病の男性は明らかに増加したが、女性は無傷であった。

○研究者は失業率の増加と収入の減少はそのせいではなく、仕事の不安定さが原因であると分析している。

○英国のオンライン専門医学雑誌“BMJ Open”が発表した内容によると、メンタルヘルスの疾患は男性の場合2008年の13.7%から2010年に15.5%に定価したものの2009年には16.4%に増えている。男性は彼らの仕事から社会的地位の多くを得ており、またほとんどの家族では大黒柱である。そのことは、不況時に彼らが仕事を失うことへの恐怖感のせいで精神的に不安定になっている。

○グラスゴー大学にある「社会・公衆衛生科学ユニット(Social and Public Health Science Unit)」の著者は、女性のメンタルヘルスにつき同期間でほとんど変化がないように見えたが公的部門での人員削減で悪化していると述べている。

2. メンタルヘルス・ファンデーション(Mental Health Foundation)」の汚名と差別問題サイトの概要

 このサイトの解説内容も、前述したインディペンデント紙の内容とかなり共通する。より具体的な内容であるので、概要部分を仮訳する。

,○精神的な病は極めて一般的である。英国の人々にとって友人、家族、仕事仲間や社会全般にわたり数千人の人々に影響する。
・4人に1人は彼らの生活の中で何らかの点でメンタルヘルスの問題を経験する。
・子供の約10人に1人はメンタルヘルス問題を経験する。
・鬱は全人口の12分の1の割合で影響を与えている。
・英国の自傷の割合は人口10万人あたり400人で、欧州で最も高い。(注8)
・世界中の4億5,000万人にメンタルヘルス問題がある。

○メンタルヘルス問題をかかえる人々の約10人に1人は、汚名と差別は彼らの人生でマイナスの影響を受けていると述べる。

○我々は、メンタルヘルスの問題を抱えるグループの人々が長期の健康問題や障害により最も起こりうる問題を以下のようにまとめた。
・仕事を見つける。
・安定かつ長期の関係を維持する。
・きちんとした住宅に住む。
・社会的に見た主流社会に含まれる。

○これは一般的に見て、社会が精神疾患ならびにそれが人々にどのような影響を与えるかにつき枠にはめることによる。多くの人々は精神的な病を持つ人は乱暴で勝つ危険であると信じている。実際は彼らは危害を加える以上に、他の人々から危害を加えられたり攻撃されるリスクが高い。

○汚名と差別は社会的隔離、粗末な住宅、失業および貧困は精神的な病とリンクする。したがって、汚名や差別は病気のサイクルの中に人々を陥れることが出来る。

○このような状況はメディアによりさらに悪化させられる。しばしばメディアはメンタルヘルス問題について暴力や貧しさ、危険性、犯罪、悪事(evil)、正常な満足のある生活が出来ない人々と結びつけた報告をする。
 しかし、これらは真実からほど遠い(far from the fact)。多くの研究成果は、これらの固定概念(stereotype)に挑戦する最善の方法はメンタルヘルス問題の経験のある人々とじかに接触することにある。

○多くの国家的や地方主導のキャンペーンがメンタルな病に対する姿勢を変えようとしている。この中には英国の国家的キャンペーン“Time to Change”が含まれる。
 
○英国の「2010年平等法(Equality Act 2010)」(注9)は公共サービスにおけるメンタルヘルス問題、その機能、前提となる根拠へのアクセス、仕事、教育、つきあい(association)および輸送等に関し直接、間接の差別を違法とする。

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(注1) 日本精神神経学会が2002年6月30日に、schizophreniaの訳語を差別や偏見を招きやすい「精神分裂病」という訳語から「統合失調症」に改めた。

(注2) ロンドン大学キングス・カレッジの精神医学研究所(Institute of Psychiatry: IoP)である。わが国のこの分野の研究者の多くが留学している。

(注3) IoPのグラハム・ソーニクロフト(Graham Thornicroft)教授は、精神障害者差別問題等に関する多くの著書を著しており、わが国でも多くの訳本が出版されている。「精神障害者差別とは何か:原書名:Discrimination Against People With Mental Illness」、「精神保健サービス実践ガイド:原書名:Better Mental Health Care」があげられる。
 なお、同研究所の各部毎の詳細な研究体制や内容についても詳しく確認できる。たとえば、依存症(Addictions)、生物統計学(Biostatistics)、児童青年精神医学(Child and Adolescent Psychiatry)、臨床神経科学(Clinical Neuroscience)、フォレンジックと神経発達科学(Forensic and Neurodevelopmental Science)、公共医療および人口調査(Health Service and Population Research)、神経画像検査(Neuroimaging)、神経科学(Neuroscience)、老年神経学(Old Age Psychiatry)、精神神経学(Psychological Medicine)、心理学(Psychology)、精神病研究(Psychosis Studies)、社会・遺伝・発達神経センター(MRC Social, Genetic & Developmental Psychiatry Centre)別に一覧できる。

(注4) キルスティン・ダンストは、2008年前半にうつ病でウタ州の Cirque Lodge treatment center に入院した。この件に関する米国メディアの記事例は2008年2月7日のPeopleで読むことが出来る。

(注5) “Cyclothymia”は気分循環症、循環気質のことであり、軽度のうつと躁が交互に現れる慢性の病気。躁鬱病とは区別されている。

(注6)フライは、自身の精神病の体験から2006年テレビドキュメンタリー番組「双極性障害(bipolar disorder)と秘密の生活( The Secret Life of the Manic Depressive)」等いくつかのテレビ番組や著書を著し、同番組は2007年にエミー賞を得ている。(Wikipedia から一部引用)
 なお、双極性障害とは、複数の躁病エピソード(manic episode)と、通例いくつかの大鬱病エピソード(major depressive episode)を伴う双極性I型障害(bipolar I disorder)と、通例、軽そうエピソード(hypomanic episode)と、少なくとも1回の大鬱病エピソードを伴う双極性II型障害(bipolar II disorder)に分類される。かつて躁鬱病(manic depression)と呼ばれていた。(SPACE ALCの説明から引用)

(注7) 英国“Time to Change”キャンペーンのサイトのAbout us部分を引用する。
―“Time to Change”は、メンタル・ヘルス問題を抱える人々に「社会的な汚名」や「いわれなき差別」を終わらせる目的の過去例にないイングランド最大の試みである。それは、人々の態度およびふるまいを変えるキャンペーンである。ある年でみたとき、我々の4人に1人はメンタル・ヘルス問題に直面した経験を持つであろう。まさにそのとき、我々は他人からの汚名と差別問題に直面するのである―

(注8) 「自傷問題」に関し、筆者は国内の参考文献や海外の情報も引用しているブログ「自傷行為と理解」等を参照した。

(注9) 「2010年平等法(Equality Act 2010)」の詳しい解説は次のレポートが参考になる。
川島 聡「英国平等法における障害差別禁止と日本への示唆」

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