スキップしてメイン コンテンツに移動

EUのENISAがEU情報保護指令に代替する規則草案等支持を前提に2つの勧奨研究成果公表とフォーラムを開催

 

Last Updated: April 8 , 2019

 プライバシー-経済と実務慣行の間にゆれる基本的な人権問題-EU規制機関の取り組み。
欧州ネットワーク 情報セキュリティ機関(European Network and Information Security Agency:ENISA)」
(注1)は、2つの新たな研究成果すなわち、(1)EU域内におけるプライバシーの経済効果および(2)個人情報の収集と保持にかかるオンライン実務に関するケース・スタディ報告書となる推奨的性格を持つレポートを発表した。

 さらに、ENISAは4月24日ドイツのベルリンで「サイバーセキュリティとプライバシーに関するEUフォーラム」を開催し、その中で今回の研究報告について討議される旨公表した。

 本文で述べるとおり、ENISAの2つの研究報告はあくまで欧州委員会が2012年1月25日に提案した規則草案について、ある意味でフィージビリティ・スタディとなりうる内容を持つものであり、今回のブログはその意義とこれらをめぐるENISAの動向につき最新情報を提供するものである。


1.ENISAの加盟国に対する具体的な取り組み課題を勧告する2つの新たな研究成果
(1)「EUにおける個人情報の収集と保持に関する研究(Study on data collection and storage in the EU)」
 ENISAの事務局長(Executive Director) (ウド・ヘルムブレヒト:Udo Helmbrecht教授) (注2)は同研究で、我々の「EUにおける個人情報の収集と保持の研究」はEUにおける個人情報の保管に関する規則制定のための汎ヨーロッパの視点を提供するものである。」と論評した。

 同研究では、オンライン・ソーシャルネットワーク・サイト、運輸部門におけるオンラインチケット予約および電気通信部門における顧客の移送データの収集と保持に関する登録問題に的を当てて具体的事例を検証した。

 これらの事例研究を通じて個人情報の収集時の「最小限度の情報開示原則(principle of minimal disclosure)」、「情報保持の最小限の保持期間原則(minimal storage period)」およびEUのプライバシーと個人情報保護に係る法的枠組みの基礎となる均等性原則(principle of proportionality ) (注3)の一部につき検証を行った。
 
 本研究は、EUにおける個人情報の収集・保持に関する規則に関する問題と加盟国の立法時における適用に係る汎EUの視点を考えるスタート点を提供するものである。

(2) 「プライバシーの値付けの研究―個人情報の値付けに関する経済モデルー」
 プライバシーは基本的人権としてEUの中で認識されているが、現在の経済面から見た現実問題は何であろうか? オンライン利用顧客は、プライバシーの代価を払っても構わないと思っているであろうか? 個人は彼らのプライバシーをそれらの情報をよりよく保護してくれるサービス・プロバイダーにさらに支払うことができると評価するであろうか? 「プライバシーに値を付けるための研究―個人情報の値付けに関する経済モデルー(Study on monetising privacy―An economic model for pricing personal information)、この世界的に見たプライバシー経済学に関する最大の研究論文は、個人化(personalisation)、プライバシー問題の相互作用とオンラインサービス・プロバイダー間の競争の間の点(dots)を結ぶ。

3.4月24日ドイツのベルリンで開催するENISA主催の「サイバーセキュリティとプライバシーに関するEUフォーラム」の概要
(1)議題
 このパネルは、各種関係者は上記の研究成果につき議論するとともに関係する利害関係者がいかにして新のプライバシーのデザイン化、オンライン環境における初期値などを創造するかにつき、新たな提案やアイデアの提供の場となりうるものである。

(2)パネラー
①ニコラス・デュボア(Nicolas Dubois)欧州委員会・司法局・個人情報保護部・政策企画官


Policy Officer , Data Protection Unit, DG Justice, European Commission

Nicolas Dubois currently works as a policy officer in the Data Protection unit at the European Commission. He joined the European Commission in 2007 as a Security officer for the Schengen and Visa IT systems. Nicolas also worked as a researcher and project manager at Orange in Paris, mainly active in IP networks architecture and security. Nicolas received engineering degrees from Suplec (FR) and from the University of Darmstadt (DE).

②ビジェイ・エラミリ(Vijay Erramilli)
スペインのテレフォニカ・リサーチ研究所のインターネット科学チーム研究員

二コラ・イェンシュ(Nicola Jentzsch)


 ベルリン・ドイツ経済研究所(DIW Berlin)共同経営者:Dr. Nicola Jentzsch is Associate at the DIW Berlin. Her main interests are industrial organization of markets for personal information (economics of identification and privacy).

エレーニ・コスタ(Eleni Kosta)
In June 2011, Eleni obtained the title of Doctor of Law with a thesis entitled (ベルギー・ルーベン大学)"Unravelling consent in European data protection legislation - a prospective study on consent in electronic communications" under the supervision of Prof. Dr. Jos Dumortier.



ロデイカ・ティルティ(Rodica Tirtea)
 ENISAスタッフ(ルーマニア)

**********************************************************************************************************

(注1) ENISA の従来の活動内容については筆者ブログ(1)同(2)等を参照されたい。
 ここでENISAの運営組織を概観しておく。「ヨーロッパの情報セキュリティ対策における協力・連携体制に関する調査研究」から一部抜粋。なお、「エグゼクティブ・ディレクター」「運営ボード」等的確な訳語とは思えないものについては筆者の責任で別途訳語を当てたほか、ENISAサイトに適宜リンクをはった。

・ENISAの体制は、事務局長(Executive Director)、運営理事会(Management Board)、ステークホルダー・グループ(Permanent Stakeholders’ Group)といった常設ポスト、機関が存在する。これらに加えて、ENISA には、数多くのアドホックなワーキング・グループが設置されている。
事務局長
 日常のENISAの運営に関する責任者である。運営理事会によって任命され、活動プログラムや決定事項を遂行するとともに、ENISA の活動の広報活動も行なう。また、ENISA と欧州議会、実業界、消費者団体の間でリエゾンも担っている。

運営理事会
 運営理事会は、欧州委員会によって指名された議長、副議長および各EU 加盟国(27カ国)からの代表(各国の情報セキュリティやネットワーク管理などの監督機関のトップ(例えば、ドイツではBSI長官ミハエル・ヘンゲ(Michael Hange)が任命される)、3名のヨーロッパ経済領域(European Economic Area:EEA3カ国)からのオブザーバー、および以下に示すステークホルダー・グループからの代表によって構成されている。

 この理事会の役割は、ENISA がその義務や役割に基づいて適切に機能しているかを確認する役割を果たしている。年間予算を策定、採択するとともに、ENISAの業務の全般的な方向性を定義し、活動プログラム(work program)を承認するというものである。

常設のステークホルダー・グループ
 事務局長が指名・選択し、ENISA の活動プログラムに係る課題や、エグゼクティブ・ディレクターのパフォーマンスについて事務局長への助言、議論などするためのフォーラムの実施が主な活動目的である。
 メンバーは情報通信業界(Information and communication technologies industry)、消費者グループ(Consumer groups)、ネットワークや情報セキュリティの関連する研究者グループ(Academic experts in network and information security)など、計30名の高度なレベルのエキスパートで構成されている。また、このグループの任期は2.5年である。

(注2) ウド・ヘルムブレヒト(Udo Helmbrecht)教授(ミューヘン連邦軍大学(Universität der Bundeswehr München:UniBwM)の名誉教授)は、2003年から2006年の間、ドイツ連邦情報セキュリティ監督・規制機関である情報セキュリティ庁(Das Bundesamt für Sicherheit in der Informationstechnik :BSI)」の長官であった。その後、2009年10月16日にENISAの事務局長(Executive Director)のポストに着いた。

(注3) EU規則草案で引用された「補完性原則(principle of subsidiarity)」や「加盟国間の均等性原則(principle of proportionality)」についてわが国で解説したものは皆無である。草案を性格に理解するうえで基本事項であり、筆者なりにここで補完しておく。なお、前記2原則については公式には2008年5月9日「EUの条約の適用に関する条約議定書統合版(Consolidated version of the Treaty on European Union - PROTOCOLS - Protocol (No 2) on the application of the principles of subsidiarity and proportionality :Official Journal 115 , 09/05/2008)」などが根拠となる。EU議会の解説サイトが歴史的な面も含め詳しく解説しているが、英国議会の解説文がわかりやすいのでそこから引用・仮訳する。

(1)補完性とは何か?
1. EU条約における文脈中では、「補完性」は行動が取られるべきである統治(EU、加盟国、地域(regional )および地方(local))のレベルに関する概念ある。リスボン条約(TEU)第5条第3項は、同概念を次のとおり法原則に作り変えた。

・欧州連合が排他的な権限の中に入らない領域で行動させるとする「補完性の原則」のもとにおいて、欧州連合は加盟国(中央、地域または地方レベルのいずれかにおいて)が提案された行動目的を唯一で十分達成できない場合で、かつその目的範囲内で欧州連合レベルによることでよりよく達成しうる限りにおいて、提案された方策の規模や効果に即した行動を取ることができる。

 それは、達すべき主題と目的に合致する最も低い統治レベルに即した行動を取るべきであるという推定に基づいている。EUに排他的な権限がある場合でも、必ず必要性原則が適用されるわけではない。

2. 本原則は、EUによるすべての種類の行動に適用されるが、立法措置のみに限定されない(しかしながら、合理的な意見聴取手順(以下のパラグラフ6参照)は、立法措置のみが適用される)

3. 本原則はリスボン条約(Treaty of Lisbon)の施行前はEU法の一部であった。同条約は本原則の意味を変更しない。

(2) 比例性の原則とは何か?
 比例性の原則は、リスボン条約第5条第4項で定義される。
比例性の原動力の下で、欧州連合の行動の内容と形式は条約目的を達成するのに必要なことを超えないことを意味する。補完原則は誰が行動を取るべきであるかに関するものである。一方、比例性はあるべきである行動の本質に関するものである。補完性・チェックは第一に行うものである。提案が応じられるなら(または排他的な権限問題(以下のパラグラフ12参照)であるなら、比例性の原則は通常の精査の一部であるとみなすことができる。実際には、2つの概念は密接に関係する。「補完性」は法的概念であるが、その評価は本質的には政策判断により行われる。

**************************************************************************************************:
Copyright © 2006-2012 芦田勝(Masaru Ashida).All Rights Reserved.You may reproduce materials available at this site for your own personal use and for non-commercial distribution.

コメント

このブログの人気の投稿

ウクライナ共同捜査チームの国家当局が米国司法省との了解覚書(MoU)に署名:このMoU は、JIT 加盟国と米国の間のそれぞれの調査と起訴における調整を正式化、促進させる

  欧州司法協力機構(Eurojust) がウクライナを支援する共同捜査チーム (Ukraine joint investigation team : JIT) に参加している 7 か国の国家当局は、ウクライナで犯された疑いのある中核的な国際犯罪について、米国司法省との間で了解覚書 (以下、MoU) に署名した。この MoU は、ウクライナでの戦争に関連するそれぞれの調査において、JIT パートナー国と米国当局との間の調整を強化する。  このMoU は 3 月 3 日(金)に、7 つの JIT パートナー国の検察当局のハイレベル代表者と米国連邦司法長官メリック B. ガーランド(Merrick B. Garland)によって署名された。  筆者は 2022年9月23日のブログ 「ロシア連邦のウクライナ軍事進攻にかかる各国の制裁の内容、国際機関やEU機関の取組等から見た有効性を検証する!(その3完)」の中で国際刑事裁判所 (ICC)の主任検察官、Karim A.A. Khan QC氏 の声明内容等を紹介した。  以下で Eurojustのリリース文 を補足しながら仮訳する。 President Volodymyr Zelenskiy and ICC Prosecutor Karim A. A. Khan QC(ロイター通信から引用) 1.ウクライナでのJITメンバーと米国が覚書に署名  (ウクライナ)のICC検事総長室内の模様;MoU署名時   中央が米国ガーランド司法長官、右手がICCの主任検察官、Karim A.A. Khan QC氏  MoUの調印について、 Eurojust のラディスラフ・ハムラン(Ladislav Hamran)執行委員会・委員長 は次のように述べている。我々は野心のために団結する一方で、努力においても協調する必要がある。それこそまさに、この覚書が私たちの達成に役立つものである。JIT パートナー国と米国は、協力の恩恵を十分に享受するために、Eurojustの継続的な支援に頼ることができる。  米国司法長官のメリック B. ガーランド(Merrick B. Garland)氏は「米国が 7 つの JIT メンバー国全員と覚書に署名する最初の国になることを嬉しく思う。この歴史的な了解覚書は...

米国連邦取引委員会(FTC)が健康製品に関する新しい拡大コンプライアンスガイダンスを発行

   2022年12月20日、米国連邦取引委員会(以下、FTCという)は、以前の 1998年のガイダンスである栄養補助食品:業界向け広告ガイド(全32頁) を改定および置き換える 健康製品等コンプライアンスガイダンス の発行を 発表 した。 Libbie Canter氏 Laura Kim氏  筆者の手元に Covington & Burling LLPの解説記事 が届いた。筆者はLibbie Canter氏、Laura Kim氏他である。日頃、わが国の各種メディア、SNS、 チラシ等健康製品に関する広告があふれている一方で、わが国の広告規制は一体どうなっているかと疑うことが多い。  FTCの対応は、時宜を得たものであり、取り急ぎ補足を加え、 解説記事 を仮訳して紹介するものである。 1.改定健康製品コンプライアンスガイダンスの意義  FTCは、ガイドの基本的な内容はほとんど変更されていないと述べているが、このガイダンスは、以前のガイダンスの範囲につき栄養補助食品を超えて拡大し、食品、市販薬、デバイス、健康アプリ、診断テストなど、すべての健康関連製品に関する主張を広く含めている。今回改定されたガイダンスでは、1998年以降にFTCが提起した多数の法執行措置から引き出された「主要なコンプライアンス・ポイント」を強調し、① 広告側の主張の解釈、②立証 、 その他の広告問題 などのトピックに関連する関連する例について具体的に説明している。 (1) 広告側の主張の特定と広告の意味の解釈  改定されたガイダンスでは、まず、広告主の明示的主張と黙示的主張の違いを含め、主張の識別方法と解釈方法について説明する。改定ガイダンスでは、広告の言い回しとコンテキストが、製品が病気の治療に有益であることを暗示する可能性があることを強調しており、広告に病気への明示的な言及が含まれていない場合でも、広告主は有能で信頼できる科学的証拠で暗黙の主張を立証できる必要がある。  さらに、改定されたガイダンスでは、広告主が適格な情報を開示することが予想される場合の例が示されている(商品が人口のごく一部をターゲットにしている場合や、潜在的に深刻なリスクが含まれている場合など)。  欺瞞やだましを避けるために適格な情報が必要な場合、改定されたガイダンスには、その適格...

米ノースカロライナ州アッシュビルの被告男性(70歳)、2,200万ドルのポンジ・スキーム(いわゆる「ねずみ講」)等を画策、実施した罪で17.5年の拘禁刑や1,700万ドル以上の賠償金判決

被告 Hal H. Brown Jr. 7 月 10 日付けで米連邦司法省・ノースカロライナ西部地区連邦検事局の リリース   が筆者の手元に届いた。 その内容は「 ノースカロライナ州アッシュビル住の被告男性 (Hal H. Brown Jr., 70 歳 ) は、 2,200 万ドル ( 約 23 億 5,400 万円 ) のポンジ・スキーム (Ponzi scheme : いわゆる「ねずみ講」 ) 等を画策、実施した罪で 17.5 年の拘禁刑 や 1,700 万ドル ( 約 18 億 1,900 万円 ) 以上の賠償金 の判決 を受けた。被告は定年またはそれに近い人を含む 60 人以上の犠牲者から金をだまし取ったとする裁判結果」というものである。 筆者は同裁判の被害額の大きさだけでなく、 1) この裁判は本年 1 月 21 日に被告が有罪を認め判決が出ているのにかかわらず、今時点で再度判決が出された利用は如何、さらに、 2)Ponzi scheme や取引マネー・ローンダリング (Transactional Money Laundering) の適用条文や量刑の根拠は如何という点についても同時に調査した。 特に不正資金の洗浄運び屋犯罪 (Money Mules) の種類 ( 注 1) の相違点につき詳細などを検証した。 さらに裁判官の連邦量刑ガイドラインや具体的犯罪の適用条文等の判断根拠などについても必要な範囲で専門レポートも参照した。 これらについて詳細に解析したものは、米国のローファームの専門記事でも意外と少なく、連邦検事局のリリース自体も言及していなかった。 他方、わが国のねずみ講の規制・取締法は如何、「ネズミ講」と「マルチ商法」の差は如何についてもその根拠法も含め簡単に論じる。いうまでもないが、ネズミ講の手口構成は金融犯罪に欠くべからざるものである。高齢者を狙うのは振込詐欺だけでなく、詐欺師たちは組織的にかつ合法的な似非ビジネスを模倣して、投資をはじめ儲け話しや貴金属ビジネスなどあらゆる違法な手口を用いている。 ( 注 2) 取締強化の観点からも、わが国の法執行機関のさらなる研究と具体的取り組みを期待したい。なお、筆者は 9 年前の 2011.8.16 に...