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米国連邦控訴裁判所が裁判所の許可なくISPの保持するEメール・データの押収・捜索行為を違憲判断(その2完)

 

2.EUにおけるISPの通信記録データ保持の義務化国内法の違憲問題やEU機関への問題指摘に関する議論

(1) EUの「通信記録データ保持指令(2006/24/EC)」
 2005年9月21日に欧州委員会はテロ対策目的での通信事業者による通信記録の保持(Data Retention)を義務付けるEU 指令案をまとめた。同案は、電気通信または通信ネットワークを提供する事業者に対し、固定電話や携帯電話の通信記録は「1年間(12か月)」、インターネット通信記録は「半年間(6か月)」の保持を義務付ける等の内容となっており、欧州委員会は、司法当局が重大犯罪やテロについて捜査を行う際に、通信記録は重要な手掛かりになるとの考えを示した。

 同案は修正の上、2005 年12 月19 日の欧州議会で可決、2006 年2 月22 日に欧州理事会で承認され、3 月15 日に「EU指令2006/24/EC」として公示された。EU 加盟各国は、18か月以内に指令内容の実施に必要な措置を講ずるよう求められることとなった。

 同指令によれば、ISP 等の通信事業者は、法人・自然人の通信・位置データ(ネットワーク参加者や登録者に関するデータも含む)の保持義務を負う。保持項目は、①発信者、②通信年月日・時刻、③通信手段、④接続時間等であり、プライバシーを守るため通信データの内容そのものの保持は求められていない。保持されたデータは、各国の国内法で定める重大犯罪につながる特定の事例において、管轄国家機関による調査、捜査、訴追を目的とした利用が可能である。

(2)ドイツの国内法の成立と連邦憲法裁判所の違憲判決
 ドイツは、「2004年通信法(Telekommunikationsgesetz vom 22.Juni 2004(BGBI.IS.1190):TKG)」において、EU 指令(2006/24/EC)を受けて、2007年12月21日「通信の監視およびその他秘密裡捜査対策ならびに2006/24/EG指令の適用に関する法律(Gesetz zur Neuregelung der Telekommunikationsüberwachung und anderer verdeckter Ermittlungsmaßnahmen sowie zur Umsetzung der Richtlinie 2006/24/EG )」 (筆者注6)2条「通信法の改正規定(Änderung des Telekommunikationsgesetzes)」に基づき新規定(§§113a,113b)等を追加した。また、同法9条で「刑事訴訟法(Strafprozessordnung:StPO)」に新規定(§100g)等を挿入追加した。

 しかし、2010年3月2日にドイツ連邦憲法裁判所(Bundesverfassungsgericht:Federal Constitution Court)は、法執行機関が活用できることを目的とする携帯電話や電子メール等の6か月間の通話記録(通信事業者に携帯電話を含む通話記録(日時や相手の電話番号)、IPアドレス、電子メールのメールヘッダ等)の保持を定めた現行通信法(TKG)の規定(§§113a,113b)および刑事訴訟法(§100g)の規定は連邦憲法に違反する可能性が高く、大幅な修正を求める旨判示した。(裁判所リリース文)
 今後法改正の手続が行われるが、改正法の施行時までドイツの通信プロバイダーは現時点で直ちに保持されているデータの完全削除ならびに適所での厳格な保管義務を負うこととなった。

 裁判官は判決文においてデータの保存手続において十分な安全対策が行われておらず、またそのデータの使用目的は十分明確化されていないと指摘した。ただし、原告側はデータ保持法の完全な無効化を求めていたが、裁判所は通信データの保存と利用に関するルールを厳格化したうえで法律を運用すべきだとの判断を示した。具体的には、(1)通信データを暗号化してセキュリティを強化する、(2)データ管理の透明性を高めてデータの利用目的などが明確に分かるようにする、(3)連邦データ保護監察官が通信データの管理プロセスに関与する体制を整える― などの対策を講じるよう求めている。

 本裁判は、原告団(Der Arbeitskreis Vorratsdatenspeicherung :AK Vorrat)が約35,000人とドイツの裁判史上記録的な数であり、また現法務大臣であるサビーヌ・ロイスーサー・シユナーレンブルガー(Sabine Leutheusser-Schnarrenberger)も加わるなど多くの話題をもたらした裁判である。

 筆者の手元に連邦法務省のリリースが届いたのは日本時間で2010年3月2日午後11時過ぎであったが、リリース文のみでは何が問題なのか良く理解できなかった。そこでドイツのメディア記事連邦憲法裁判所のリリース内容を確認した結果をまとめたいと考えていたところ同裁判所サイトに判決文要旨とともに掲載された。

(3)データ保持に関するEU加盟国等の法制化の状況と見直しに向けた動き
 ドイツ憲法裁判所判決文は、2004年ドイツ通信法等がEU指令の目的を超えた内容であると指摘しており、今後の改正の内容は他のEU加盟国の通信関係法にも影響を与える可能性も大きいと考えられる。
 これらの今後のEU委員会やEU加盟国への影響等についてわが国のメディア等で言及しているものは皆無であり、今回のみでは問題点を網羅することは難しいと考えるが、手元にある関係機関の資料の範囲でまとめておく。 (筆者注7)

A.“AK Vorrat”はウェブサイトでスイスやブラジルを含むEU加盟国等31カ国におけるデータ保持に関する国内立法化状況の詳細な一覧(2015年3月15日更新)を公表している。

 なお、同一覧は読んで理解できるとおり、緻密な比較を行っている。各国別の保持期間のほか前述のEU保持指令(2006/24/EC)が定める情報の範囲をこえた情報(固定回線通話記録、モバイル電話通話記録、電子メール記録、インターネット接続記録、インターネット電話記録、他)の具体的な比較、監督規制機関名、保持情報へのアクセス権限者、上級裁判所の判決等が丁寧に整理されている。保持指令を決定した欧州委員会の保持問題専門サイト(Data Retention)FAQの説明と比較してほしい。


B.ドイツでは、個人情報の保持そのものの反対グループである“Daten-Speicherung,de”等が中心となってEU保持指令そのものの見直し等を強く求めている。
 同グループのサイトから参考となるであろうEU加盟国やEU機関に対する関係グループの動きを以下で概観する。

①2010年4月に欧州委員会が2008年11月の司法・域内問題政策委員会(Justice and Home Affairs policy Council:JHA council)委員会の指摘を受けてまとめた指令の評価、特にプリペイド式携帯電話に関する規制につき非立法的手段や技術的な解決策の「評価報告書(草案)」がリークされた。

②2009年10月8日、ルーマニア憲法裁判所は保持行為自体が「欧州人権条約(Convention for the Protection of Human Rights)」第8条に違反すると判示した。

③2010年5月、アイルランドの高等裁判所は欧州司法裁判所に対し、保持指令が「欧州基本権憲章(EU Charter of Fundamental Rights)」に違反するか否かの司法判断を求めた。

④2010年6月、EUの23か国の100以上の団体がEU域内担当委員セシリア・マルムストロム(Cecilia Malmstrom)、副委員長(Justice, Fundamental Rights and Citizenship担当)ヴィヴィアン・レディング(Viviane Reding)および副委員長(Digital Agenda担当)ネリー・クルース(Neelie Kroes)に対し、人の移動データ(traffic data)に関するより進んだかたちの保存や対象を絞った収集方法についてのEU委員会の要求を撤廃するよう共同意見書を提出した。

⑤2010年7月27日、欧州委員会は加盟国に対し、EU 指令(2006/24/EC)の下で交信ログについて保持状況について更なる情報の提供を求めた

 欧州委員会は、2010年末にはEU指令に関する「評価報告および推奨報告」を欧州議会および欧州連合理事会に提出する予定である。

3.オーストリアにおけるサイバー犯罪対策としての令状主義の緩和措置
 「オーストラリアでは、「1979年電気通信傍受法( Telecommunications (Interception) Act 1979」:以下、「傍受法」)により、当局が犯罪捜査の目的で傍受を行う場合は、電話などの非蓄積通信、電子メールやボイスメールなどISPのサーバー上にある蓄積通信の如何を問わず、従来は、46条以下で「傍受令状(interception warrant)」という、要件が厳格な特別令状を必要としていた。

 しかし、政府が2002年に提案した反テロ法パッケージにおける一部法改正案が端緒となり、テロ行為など重要犯罪の予防捜査の実効性を上げるため、これら蓄積通信に対しては傍受令状なしに、すなわち通常令状のみで傍受可能とすべきとして、傍受法改正の機運が高まっていた。今回の改正は1年の時限立法とはいえ、2002年以降何度か試みられてきた一連の傍受法改正の動きが一定の決着をみたものである。」(2005年4月KDDIレポートから抜粋のうえ、一部筆者が法律の原文に基づき補筆した。

 その後はどうなっているのか。オーストラリアでは、今回の改正以前にも「傍受法」は多くの問題点をはらみ、都度改正が行われてきている。これらの経緯をならびに筆者が参加しているオーストラリアの人権擁護グループ(EFA)のメンバーとの意見交換結果等を含め機会を見て別途まとめたい。

 なお、本ブログでは「オーストラリアのネットワーク管理者等の防衛的な傍受・アクセス行為に関する法律改正」と題して2010年2月19日の「傍受法」改正の経緯を取上げている。参照されたい。

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(筆者注6) 2007年12月21日「通信の監視およびその他秘密裡捜査対策ならびに2006/24/EG指令の適用に関する法律(Gesetz zur Neuregelung der Telekommunikationsüberwachung und anderer verdeckter Ermittlungsmaßnahmen sowie zur Umsetzung der Richtlinie 2006/24/EG )(BGBl IS.3198)」

(筆者注7)ドイツの経済情報紙「NNA.EU」の日本語版「独憲法裁、EUデータ保存法に違憲判断」は、比較的正確に紹介している。

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[参照URL]
・米国エレクトロニック・フロンティア・ファンデーション(Electronic Frontier Foundation:EFF)のプレス・リリースhttp://www.eff.org/deeplinks/2010/12/breaking-news-eff-victory-appeals-court-holds
・EFFの本裁判での法廷助言者(amicus curiae)書面の内容
https://www.eff.org/files/filenode/warshak_v_usa/warshak_amicus.pdf
・2010年3月2日のドイツ連邦憲法裁判所(Bundesverfassungsgericht)の違憲判決
http://www.bundesverfassungsgericht.de/entscheidungen/rs20100302_1bvr025608.html
・オーストラリア「1979年電気通信傍受法( Telecommunications
(Interception) Act 1979」
http://www.comlaw.gov.au/ComLaw/legislation/actcompilation1.nsf/0/C999F984B945ADF8CA256FB70020F697/$file/TelecommInt1979_WD02.pdf

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