スキップしてメイン コンテンツに移動

米国史上最大規模の原油流出事故を巡る連邦規制・監督機関やEU関係機関等の対応(第2回―その2)

 (2) 内務省の「MMS改革プログラム10原則」の内容

①新しい倫理基準の設置
Salazar長官は2009年1月、MMS役職員のための新倫理ガイドラインを発布した。MMSの全従業員は倫理教育を受け、また2009年3月に倫理綱領の遵守が要求される。

 なお、MMSは極めて莫大な石油利権に関わるため、原油掘削企業等からの収賄・賄賂等不正行為が横行し、2009年8月連邦議会行政監査局(GAO)報告やIGの指摘の概要を理解するために米国の主要メディア(New York Times、Bloomberg)を読んでみた。わが国では正確に紹介されていないこの問題につき記事等で補足する。
 ブルームバーグは、サラザール長官の連邦議会下院「天然資源委員会(Committee on Natural Resources)」での証言中でGAO報告(筆者注5)等を引用し、米国のPIKプログラムの監査、会計、および従業員のモラルの低下等失敗を認めたと述べている。筆者は特に前述した倫理観の欠如がなぜここで出てきたのか、初めは理解できなかったが、IGの報告すなわち、MMSの従業員の「薬物乱用と乱交の文化」石油会社からの賄賂、セックス、コカインやメタフェタミン(ヒロポン)の乱用に事実が報告されたとある。議会もこの問題は放置せずに従来からこの問題に取組んでいる Nick J.Rahall委員長(ウェスト・バージニア州選出:民主党)等による改正法案の動きを紹介している。なお、ブルームバーグの記事は石油会社の対応等にも言及しており、参考になる。

(3)MMS業務執行プログラムの改革
①原油・ガスという現物による掘削権利用料支払方式(Royalty –in-Kind(PIK) Program)の廃止
1982年以来が行ってきた戦略的石油備蓄(Strategic Petroleum Reserve:SPR)を含む“Royalty –in-Kind Program”とはいかなるものか、上記のとおりわかりやすい訳語も含めこの言葉だけでは理解できないし、米国メディアも丁寧に解説していない。

 MMSに“Royalty –in-Kind Program”専門サイトがある。サラザール長官の改革基本原則の優先課題である。その冒頭にGAOの勧告で指摘され議論を呼んだ “Royalty –in-Kind Program”について従来のGAOの見解を否定し効率的な財政収入手段として前向きの評価が次のとおり述べられている。(2007年2月時点の見解である)

「1982年以来、MMSは連邦保有の土地や先住民にかかる鉱物資源における連邦財務省最大の財政収入源として責任を持ち支払い受取り機関の任に当たってきた。収入額は年度ベースで平均70億ドル(約6,300億円)である。
“Royalty –in-Kind Programは財政収入活動の重要な側面を持ち、同プログラムを通じてエネルギー開発企業はMMSに現金でなく石油やガス(現物)のかたちで権利使用量を支払ってきた。MMSは石油やガスを市場で販売して財政収入に当るか、または戦略石油備蓄のためにエネルギー省に石油を提供してきた。
 2005年財政年度で見てRIKプログラムは、連邦財務省の収入として約320億ドル(約2兆8,800億円)を生み、現金(市場での商品価値:value)での支払い受取による方法よりも多くの財政収入を得た。現物納付方式であるRIKの方式は2004財政年度で比較しても価値で受け取る方法に比べ約3分の1の費用で済むし、さらに財務省の会計システムの効率性も評価できる。」

(4)沖合いの風力や再生可能なエネルギー源に関する連邦機関の権限とのバランス
(5)内務省監査総監や独立性のある評論者の勧告内容への対応
(6)沖合いの諸施設に対するMMS査察プログラムの見直しを国土安全保障省合衆国沿岸警備隊(USCG)/MMS海洋委員会に指示
(7)英国ブリストル湾(Bristol Bay)および北極海(Arctic Ocean)の沖合い開発のリース計画の取消
(8) 連邦大陸棚(Outer Continental Shelf) (筆者注6)のどの地域が石油・ガス開発に最適であるか明確、秩序だったかつ科学的基礎に基づく決定手続の確立

 なお、同長官令リリースではMMSの歴史的・経済的役割につき解説しており、参考に記しておく。
・1982年1月19日、内務省長官ジェームス・ワット(James Watt)は長官令に基づき連邦地質調査所(U.S.Geological Survey)、内務省・土地管理局(Bureau of Land Management)および同省・先住民局(Bureau of Indian Affairs)の鉱物収入管理部門を統合しMMSを創設した。

 以降、MMSは石油、ガス、石炭、金属、カリ(potash)および再生可能エネルギー資源を中心とする収入を管理(1982年以来その総収入は2,100億ドル(約18兆9,000億円)以上となる)し、他方でその収入を州、部族(tribes)、群および連邦財務省に配分している。MMSは年間137億ドル(1兆2,330億円)の収入を上げ、これは内務省の収入の約95%となっている。

・MMSはまた連邦大陸棚の天然ガス、石油や他の鉱物資源の連邦管理機関でもある。MMSは従来型および再生可能なエネルギー資源のリース計画を開発・実行する。他方、沖合いのエネルギー開発の運用や関係法令の遵守について監督権限を持つ。

2.「鉱物資源管理局(Minerals Management Service:MMS)」からBOE等への改組・監督権限等の見直しと新人事に関する内務省サラザール長官令の発布
(1)「5月19日付:海洋エネルギー局、安全・環境法執行局および天然資源収入管理局の設置に関する内務省長官令(No.3299)」
第1条では、「本令の目的として(1)連邦大陸棚開発の監督および責任の明確化、(2)国民へのロイヤルティに関する財政収入による納税者への公平な配当、および(3)沖合いの開発にかかる独立した安全性・環境保護と法執行を行うため任務の分離と再割当てを行うことである。」と述べており、その内容につき次のとおり説明している。
 
A.「MMSの倫理基準、」
前記(2)を参照されたい。

B.「MMSの再構築および独立性を持った任務を担う3部門の設置構想」
今回の組織改革の中心となる点である。
「海洋エネルギー管理局」:土地・鉱物資源担当副長官監督下で天然資源の評価、開発計画およびリースに関する活動を含む従来型や再生可能なエネルギー資源に係る連邦大陸棚の継続的開発問題を担当する。

「安全・環境保護執行局」:土地・鉱物資源担当副長官監督下で米国沖合いのエネルギー開発活動に関する安全、環境保護面の包括的監督機関として担当する。

「天然資源財務収入・資産管理局」:政策・管理および予算担当副長官監督下で財政収入、監査と法遵守、財務管理および資産管理を担当する。

(2)「6月21日付:BOEの局長等人事に関する長官令(No.3302)」
 6月21日付け長官令(Secretarial Order)」で元連邦司法省監察官(former Justice Department Inspector General)のミシェル・ブロムウィッチ(Michael Bromwich)等の任命が発せられた。なお、BOE自体6月24日の午前中、まだ正式なウェブサイトが出来ていない(まだ旧MMSにリンクする)。その理由は、後述するとおり5月19日発令の長官令のうち人事が決まったのみであり、「有効な法執行」、「エネルギー開発」、「自然エネルギー資源収入管理」というホワイトハウスや連邦議会との間で3部門の組織構想の調整協議がまだまとまっていないことがその理由であろう(令公布後、30日以内が実施期限である)。

 その意味でDOIのリリース内容を読んだが、後半でこの数週間サラザール長官が取組んでいる米国沖合いの原油・ガス開発の管理、監視を巡る改革を含む内務省の業務改革やMMSの独立性強化策を公表している。これらの内容は5月19日の長官令の内容と重なるので略す。
**********************************************************************************************
(筆者注5) 2009年8月、GAOが行ったMMSに関する報告書「Royalty –in-Kind(RIK)-Program:MMSは本来権利行使すべき(forgone revenue)大陸棚RIKガス収入に関する適切かつ時宜を得た方法の改善勧告」(全45頁)の概要を引用したが、いうまでもないが本ブログではGAO報告を比較的多く引用する。その意義はまさに「連邦議会の連邦行政機関のWatchdog」が的確に機能し、その透明性重視の姿勢を始め、また行政機関自身もその勧告内容への対応を積極的に行っているという、本来の「三権分立」の原型を見るように思えるからである。

(筆者注6) 米国の大陸棚のうち、連邦政府の管轄する部分。石油を始めとする地下資源は土地所有者に帰属するという法理が適用されている米国では、所有関係が特定されない大陸棚における海底の土地の所有権と海底下の石油資源の帰属を明確にする必要が生じ、米国では 1953 年の Submerged Lands Act および Outer Continental Shelf Lands Act によって、海岸線から 3 マイル(テキサス州およびフロリダ州のメキシコ湾岸では 3 海洋リーグ=約 10.5 マイル)まで各州、その外側は連邦の所管と規定された。(独立行政法人 石油天然ガス・金属鉱物資源機構サイト「石油天然ガス用語辞典」から引用)


[参照URL]

http://www.gao.gov/new.items/d09744.pdf
(2009年8月、GAO報告「ROYALTY-IN-KIND PROGRAM:MMS Does Not Provide Reasonable Assurance It Receives Its Share of Gas,Resulting in Millions in Forgone Revenue」(全45頁)
・https://www.doi.gov/sites/doi.gov/files/migrated/news/pressreleases/upload/OCS-Safety-Oversight-Board-Report.pdf

(5月19日付「海洋エネルギー局、安全・環境法執行局および天然資源収入管理局の設置に関する内務省長官令(No.3299)」)
・http://www.doi.gov/deepwaterhorizon/loader.cfm?csModule=security/getfile&PageID=35872
(6月21日付:BOEの局長等人事に関する長官令(No.3302)」)
・http://www.mms.gov/ooc/PDFs/TheMMSRoyalty-in-KindProgram.pdf
(MMSの“Royalty-in-Kind Program”の解説サイト)
https://response.restoration.noaa.gov/about/media/where-find-noaa-information-deepwater-horizon-oil-spill.html
NOAAの「Where to Find OR&R and other NOAA Information on the Deepwater Horizon Oil Spill」ディープウォーター・ホライズン解説サイト

************************************************************

Copyright © 2006-2010 芦田勝(Masaru Ashida ) All Rights Reserved.No reduction or republication without permission.

コメント

このブログの人気の投稿

ウクライナ共同捜査チームの国家当局が米国司法省との了解覚書(MoU)に署名:このMoU は、JIT 加盟国と米国の間のそれぞれの調査と起訴における調整を正式化、促進させる

  欧州司法協力機構(Eurojust) がウクライナを支援する共同捜査チーム (Ukraine joint investigation team : JIT) に参加している 7 か国の国家当局は、ウクライナで犯された疑いのある中核的な国際犯罪について、米国司法省との間で了解覚書 (以下、MoU) に署名した。この MoU は、ウクライナでの戦争に関連するそれぞれの調査において、JIT パートナー国と米国当局との間の調整を強化する。  このMoU は 3 月 3 日(金)に、7 つの JIT パートナー国の検察当局のハイレベル代表者と米国連邦司法長官メリック B. ガーランド(Merrick B. Garland)によって署名された。  筆者は 2022年9月23日のブログ 「ロシア連邦のウクライナ軍事進攻にかかる各国の制裁の内容、国際機関やEU機関の取組等から見た有効性を検証する!(その3完)」の中で国際刑事裁判所 (ICC)の主任検察官、Karim A.A. Khan QC氏 の声明内容等を紹介した。  以下で Eurojustのリリース文 を補足しながら仮訳する。 President Volodymyr Zelenskiy and ICC Prosecutor Karim A. A. Khan QC(ロイター通信から引用) 1.ウクライナでのJITメンバーと米国が覚書に署名  (ウクライナ)のICC検事総長室内の模様;MoU署名時   中央が米国ガーランド司法長官、右手がICCの主任検察官、Karim A.A. Khan QC氏  MoUの調印について、 Eurojust のラディスラフ・ハムラン(Ladislav Hamran)執行委員会・委員長 は次のように述べている。我々は野心のために団結する一方で、努力においても協調する必要がある。それこそまさに、この覚書が私たちの達成に役立つものである。JIT パートナー国と米国は、協力の恩恵を十分に享受するために、Eurojustの継続的な支援に頼ることができる。  米国司法長官のメリック B. ガーランド(Merrick B. Garland)氏は「米国が 7 つの JIT メンバー国全員と覚書に署名する最初の国になることを嬉しく思う。この歴史的な了解覚書は...

米国連邦取引委員会(FTC)が健康製品に関する新しい拡大コンプライアンスガイダンスを発行

   2022年12月20日、米国連邦取引委員会(以下、FTCという)は、以前の 1998年のガイダンスである栄養補助食品:業界向け広告ガイド(全32頁) を改定および置き換える 健康製品等コンプライアンスガイダンス の発行を 発表 した。 Libbie Canter氏 Laura Kim氏  筆者の手元に Covington & Burling LLPの解説記事 が届いた。筆者はLibbie Canter氏、Laura Kim氏他である。日頃、わが国の各種メディア、SNS、 チラシ等健康製品に関する広告があふれている一方で、わが国の広告規制は一体どうなっているかと疑うことが多い。  FTCの対応は、時宜を得たものであり、取り急ぎ補足を加え、 解説記事 を仮訳して紹介するものである。 1.改定健康製品コンプライアンスガイダンスの意義  FTCは、ガイドの基本的な内容はほとんど変更されていないと述べているが、このガイダンスは、以前のガイダンスの範囲につき栄養補助食品を超えて拡大し、食品、市販薬、デバイス、健康アプリ、診断テストなど、すべての健康関連製品に関する主張を広く含めている。今回改定されたガイダンスでは、1998年以降にFTCが提起した多数の法執行措置から引き出された「主要なコンプライアンス・ポイント」を強調し、① 広告側の主張の解釈、②立証 、 その他の広告問題 などのトピックに関連する関連する例について具体的に説明している。 (1) 広告側の主張の特定と広告の意味の解釈  改定されたガイダンスでは、まず、広告主の明示的主張と黙示的主張の違いを含め、主張の識別方法と解釈方法について説明する。改定ガイダンスでは、広告の言い回しとコンテキストが、製品が病気の治療に有益であることを暗示する可能性があることを強調しており、広告に病気への明示的な言及が含まれていない場合でも、広告主は有能で信頼できる科学的証拠で暗黙の主張を立証できる必要がある。  さらに、改定されたガイダンスでは、広告主が適格な情報を開示することが予想される場合の例が示されている(商品が人口のごく一部をターゲットにしている場合や、潜在的に深刻なリスクが含まれている場合など)。  欺瞞やだましを避けるために適格な情報が必要な場合、改定されたガイダンスには、その適格...

米ノースカロライナ州アッシュビルの被告男性(70歳)、2,200万ドルのポンジ・スキーム(いわゆる「ねずみ講」)等を画策、実施した罪で17.5年の拘禁刑や1,700万ドル以上の賠償金判決

被告 Hal H. Brown Jr. 7 月 10 日付けで米連邦司法省・ノースカロライナ西部地区連邦検事局の リリース   が筆者の手元に届いた。 その内容は「 ノースカロライナ州アッシュビル住の被告男性 (Hal H. Brown Jr., 70 歳 ) は、 2,200 万ドル ( 約 23 億 5,400 万円 ) のポンジ・スキーム (Ponzi scheme : いわゆる「ねずみ講」 ) 等を画策、実施した罪で 17.5 年の拘禁刑 や 1,700 万ドル ( 約 18 億 1,900 万円 ) 以上の賠償金 の判決 を受けた。被告は定年またはそれに近い人を含む 60 人以上の犠牲者から金をだまし取ったとする裁判結果」というものである。 筆者は同裁判の被害額の大きさだけでなく、 1) この裁判は本年 1 月 21 日に被告が有罪を認め判決が出ているのにかかわらず、今時点で再度判決が出された利用は如何、さらに、 2)Ponzi scheme や取引マネー・ローンダリング (Transactional Money Laundering) の適用条文や量刑の根拠は如何という点についても同時に調査した。 特に不正資金の洗浄運び屋犯罪 (Money Mules) の種類 ( 注 1) の相違点につき詳細などを検証した。 さらに裁判官の連邦量刑ガイドラインや具体的犯罪の適用条文等の判断根拠などについても必要な範囲で専門レポートも参照した。 これらについて詳細に解析したものは、米国のローファームの専門記事でも意外と少なく、連邦検事局のリリース自体も言及していなかった。 他方、わが国のねずみ講の規制・取締法は如何、「ネズミ講」と「マルチ商法」の差は如何についてもその根拠法も含め簡単に論じる。いうまでもないが、ネズミ講の手口構成は金融犯罪に欠くべからざるものである。高齢者を狙うのは振込詐欺だけでなく、詐欺師たちは組織的にかつ合法的な似非ビジネスを模倣して、投資をはじめ儲け話しや貴金属ビジネスなどあらゆる違法な手口を用いている。 ( 注 2) 取締強化の観点からも、わが国の法執行機関のさらなる研究と具体的取り組みを期待したい。なお、筆者は 9 年前の 2011.8.16 に...