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米国史上最大規模の原油流出事故を巡る連邦政府、関係州政府や連邦規制・監督機関等の対応(第1回-3完)

 7.環境保護団体の取組み事例紹介

 米国に本拠を持つ環境保護NPO団体“Food & Water Watch”の代表(executive director)であるウエノア・ハウター氏(Wenonah Hauter)は6月8日、英国エネルギー・気候変動省(DECC)のクリス・ハフニー(Secretary of State for Energy and Climate Change)閣内大臣がディープウォーター・ホライゾンの大惨事を受けてオイル検査者を増員した件を取り上げている。

Wenonah Hauter 氏

8.オバマ政権とカール・ヘンリック・スバンベリBP会長等との合意内容
 6月16日のホワイトハウスの声明 (筆者注6)によると、BP社は今年を含めた4年間で計200億ドル(年50億ドル)を政府やBP社がコントロールするのではなく補償専用口座(エスクロー勘定(escrow account):この用語は「プロジェクト・ファイナンスの返済原資となるキャッシュフローをプロジェクトの破綻等の非常事態に備え、プロジェクト事業体から隔離しておくための口座。返済の確実性を高める。」という意味である)に拠出する。同口座は原油流出で被害を受けた個人や企業への補償を目的とし、弁護士のケネス・ファインバーグ(Kenneth Feinberg)氏の監視下に置かれる。

 同氏は、2001年の「9.11米同時多発テロ」の犠牲者向け補償基金を管理して名をはせ、その後、不良資産救済プログラム(TARP)の適用を受けている企業の役員や高報酬従業員の報酬規制に関する報酬基準およびコーポレート・ガバナンスの暫定最終規則の制定および連邦財務省のTARP担当特別報酬監督官(Special Master)として任命され、さらに今回BP補償基金の管財人となったのである。(筆者注7)

 ホワイトハウスの声明では、次のような点を強調している。
①200億ドルの補償金額は上限キャップではない。メキシコ湾岸で生活や仕事を行う人々や企業等に対しBP社は彼らの請求を遵守することを公に明言した。今回のオバマ政権がBPとの間で合意した内容は金銭面および法的な枠組みの確立することにある。
②200億ドルの補償基金は原油流失のより住民自身や漁業等事業において経済的損失が生じたときは、この200億ドルの一部に対する請求訴訟を起こす原告適格が認められる。この基金は、裁判所における現存の個人的請求または州による裁判請求を無効とするものではない。
③BP社は原因となる環境破壊に関する責任を引続き持つし、政府はその活動を支援することを継続するつもりである。

 また、補償請求手続の独立・中立性を保証するための「請求手続機関」および「エスクロー勘定の内容」について次のとおり明記する。
〔独立性のある請求手続機関〕
①手続の独立性を保証するため独立請求監督官(independent claims administrator)としてケネス・ファインバーグ(Kenneth Feinberg)氏を任命する
②同機関は、被害回復請求に関する標準を作成する予定である。
③3名の裁判官からなる合議体は、監督官の決定に対する上告の際に利用可能となる。
④同機関は、原油流失により損害を被った個人や事業者すなわち地方、州、部族および連邦といった各政府による請求のために設計される。
⑤同機関の決定に不同意な請求権者は、引き続き法律の下で裁判所に訴えたり、「重油流失責任信託基金(Oil Spill Liability Fund)」 (筆者注8)への請求が認められる。
⑥独立請求監督官による現行法の下での決定は、BP社を法的に拘束する。
⑦同機関が下したあらゆる請求内容につき、支払のためエスクロー勘定に求めることができる。
〔エスクロー勘定〕
BP社は2010年の50億ドルを含む4年間に合計200億ドル提供する(contribute)することに合意した。BP社はこの責任を果たすため米国にある同社資産200億ドルを預託することとする。
・BP社は責任ある当事者として被害の撤去や損害の回復にかかる支払につき確約した。そのことは、責任を回避するため1990年油濁法(OPA)に基づく補償支払額のキャップを適用することを主張しないことを意味する。
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(筆者注6) 6月16日のオバマ政権幹部とBP社幹部の会合の出席者名は次の通りである。
政府側(6名):President Barack Obama, Vice President Joe Biden ,Senior Advisor(大統領上級顧問)Valerie Jarrett,Labor Secretary(労働省長官)Hilda Solis,司法長官Eric Holder,国土安全保障省長官Janet Napolitano
BP社側(4名):会長Carl-Henric Svanberg,CEOのTony Hayward,法律顧問Rupert Bondy,sen専務取締役Robert Dudley

(筆者注7) 2009年9月17日付けの本ブログで米国やEU加盟国における金融機関の役職員の高額報酬問題につき解説した。米国の金融危機を発端とする緊急経営支援策の裏腹の問題としての高額報酬規制の取組みにつき述べたが、ここでその後の財務省や特別監督官の具体的な報酬規制の主な決定内容について時間をおって補足説明しておく。

・2009年6月10日、連邦財務省が” Interim Final Rule on TARP Standards for Compensation and Corporate Governance”を公布。すなわち、不良資産救済プログラム(TARP)の適用を受けている企業の役員や高報酬従業員の報酬規制に関する報酬基準およびコーポレートガバナンスの暫定最終規則の制定および連邦財務省の不良資産救済プログラム(TARP)特別報酬監督官(Special Master)としてケネス・ファインバーグ(Kenneth Feinberg)氏を任命した。

・2009年10月22日、ケネス・ファインバーグが高額の公的資金の注入を受けた米国企業(AIG, Citigroup, Bank of America, Chrysler, GM, GMAC and Chrysler Financial)の役員等上位高所得者計175人(トップから25名×7社)の現金報酬(cash compensation)につき90%以上削減、またボーナスを含む総報酬を平均50%以上削減および現金報酬の上限を50万ドル(約4,500万円)とする第1次強制決定(first rulings)のリリースした。

・2009年12月11日、ケネス・ファインバーグはAIG, Citigroup, GM, and GMACの4社の上位26位~100位従業員に対する第2次強制報酬額決定(second rulings)をリリースした。

・2010年3月24日、 ケネス・ファインバーグはAIG, Chrysler, Chrysler Financial, GM, and GMAC.の5社計119人(Bank of America および Citigroupは特別支援金を全額返済済のため適用除外)に対する2010年度の現金報酬は2009年度比平均33%削減、総報酬額は15%近くまで削減すること、および「2009 年アメリカ再生・再投資法(American Recovery and Reinvestment Act(H.R.1)」に基づき2009年2月17日以前に支援を受けた企業411社に対しトップ25位の報酬額の報告を特別監督官に30日以内に提出のうえ納税者に適切な返済を促すよう交渉する旨リリースした。

(筆者注8) 1990年油濁法( Oil Pollution Act of 1990:OPA) は、1989年3月24日にアラスカ州プリンスウィリアムサウンドで「エクソン・バルディス号」が座礁し、約37,000トンの原油が流出し、船主は流出油の清掃費用(expeditious oil removal ) 、汚染による被害者への損害賠償及び罰金等で多大な支払いを強いられた。一方、アメリカ合衆国政府は当時の連邦法と州法を見直し、油濁に関する責任及び補償に関する包括的な法体系の確立・整備を実施し、1990年8月18日に新連邦法として制定された。OPA の主な内容は、①油濁損害に関する責任や賠償について、各州独自の立法権の優先(州法優先)。②連邦政府以外の州や第三者に責任当事者(船主)への損害賠償請求権を与えており、船主は厳格責任(無過失責任)を負う。③責任限度額として、3,000トン以下のタンカー:トン当り$1,200、最低$2,000,000、3,000トン超のタンカー:トン当り$1,200、最低$10,000,000、その他の船舶:トン当り$600、最低$5000,000、但し、重過失、故意、連邦の安全基準に対する違反がある場合は責任の制限はない。④汚染除去費用及び損害補償のための基金制度(OSLTF:補償限度額10億ドル)を設置、その後「2005年エネルギー政策法(The Energy Policy Act of 2005)」に基づき基金限度額は27億ドルに引上げられ、また「2006年デラウェア河川保護法( Delaware River Protection Act of 2006)」 および「2006年海岸線保護および沿岸警備法第4編( Coast Guard and Maritime Transportation Act of 2006)」に基づき責任限度額が引上げられた。基金の財源は国内産原油と輸入石油製品1バレル(約159リットル)当り5セントの税金からであり、基金制度は、原因者が不明、支払能力がない、責任限度額の超過分、支払拒否の場合、適用される。⑤すべての油輸送船及び300トン超のその他の船舶は、米国の国土安全保障省合衆国沿岸警備隊(USCG)が発行する賠償資力証明書(Certificate of Financial Responsibility:COFR)を取得して船内に備え置かなければならない。⑥米国水域内で油の輸送を行う船舶の所有者及び運航者は、事故対応として船舶油濁事故対応計画書(Vessel Response Plan:VRP)を作成し、コーストガードの承認を受け船内に備え置かなければならない。なお、油濁事故による損害には、私的財産だけではなく、自然資源の損害(natural resource damages:NRDs)も含まれることが明記されている。(谷川久監修、東京海上火災保険株式会社船舶損害部編:『アメリカ合衆国油濁法の解説』、 U.S. Coast Guard’s National Pollution Funds Center :NPFC): http://www.uscg.mil/npfc/About_NPFC/opa.asp)に基づき筆者が各法律原典とのリンクなど補筆した)

[参照URL]
・BP社のディープウォーター・ホライズン対応専門サイト:
http://www.bp.com/extendedsectiongenericarticle.do?categoryId=40&contentId=7061813
・連邦政府のディープウォーター・ホライズン対策専門サイト“Water Horizon Response”:
http://www.deepwaterhorizonresponse.com/go/doc/2931/578227
・フロリダ州環境保護庁の被害状況専門サイト:http://www.dep.state.fl.us/deepwaterhorizon/
・連邦エネルギー省長官のサイト:
http://www.energy.gov/organization/dr_steven_chu.htm
・連邦環境保護庁の「ディープウォーター・ホライズン(Deepwater Horizon)事故対応」の専門サイト:
http://www.epa.gov/bpspill/index.html
・6月1日の連邦司法省ホルダー長官の記者会見:http://www.justice.gov/ag/speeches/2010/ag-speech-100601.html
・6月16日のホワイトハウスのBP社会長他との損失補償合意内容声明:
http://www.whitehouse.gov/blog/2010/06/16/important-step-towards-making-people-gulf-coast-whole-again

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