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オーストラリアの科学者チームがレーザープリンター・トナーの飛沫による肺がん等健康被害の拡大を示唆

  

Last Updated:Febuary 25,2022

 わが国でも職場や公共交通機関等における喫煙対策規制が強化されてきているが(筆者注1)、企業や筆者も含め一般家庭などでごく一般に利用されているレーザー・プリンター機がタバコや自動車の排気以上の微粒子物質を排出しているとの研究報告結果がオーストラリアの研究者グループにより発表された。この記事自体は本年8月はじめに「ITmedia」やCNET等でも訳されて簡単に紹介されている。

 このような重要な環境問題を、2006年4月にすでに取り上げたのはわが国と韓国の研究グループである(筆者注2)。数少ないこの分野の研究を参考に世界的権威をもつ米国化学会(American Chemical Society)(筆者注3)の学会誌においてオーストラリアのクイーンズランド工科大学のリディア・モラウスカ(Lidia Morawska)博士グループが発表したことから世界の環境問題の関係者は注目している。同博士グループは偶然の機会を通じて大手プリンター・メーカー62台の新・旧レーザー・プリンターのトナー粒子の排出値を検査し、その結果、17台から大量の超微粒子が排出されており、肺や血管等への影響(発癌を含む呼吸器の炎症や心臓や血管系への影響)があると指摘したのである。

Lidia Morawwska氏

 62台中最も対象機種が多かったヒューレッド・パッカード社は、国際基準に適合した品質管理を行っているとコメントしている。しかし、今回の調査にはわが国のプリンター・メーカーであるリコー、キャノン、東芝、京セラミタが含まれている。果たして、わが国のプリンター・メーカーや厚生労働省はどのようなコメントを出すのであろうか。喫煙やアスベストだけでなく事業所内における空気の環境保全問題が改めて問われる時代になったといえよう。

 今回は、この論文発表を受けて英国ロー・ファームが出した同国の事業所内の化学物質からの曝露保護に関する法規制の現状およびEU(欧州連合)における従業員の化学物質の曝露限度値指標(Indicative Occupational Exposure Limit values)(筆者注4)の検討内容についてEU資料に基づき紹介する。

1.英国の印刷業者向け作業所内の健康保全規則と適用ガイダンスの策定
 英国で2002年に改訂された「1999年有害物質管理規則(the Control of Substances Hazardous to Health Regulations:COSHH )」および「2005年事業所での騒音管理規則(the Control of Noise at Work Regulations 2005)」を受けて、健康安全局(the Health and Safety Executive:HSE)は化学物質の排出管理・曝露保護や騒音管理等労働者の健康管理のため、印刷業界の経営者や労働組合に向けた50項目を取りまとめたガイダンスを策定・公表している。同ガイダンスの39頁以下がデジタル・インクジェット・プリンター作業に関する留意事項が記されており、大型ファンによる通気性の確保や密封された交換カートリッジの使用が可能である場所での使用の義務付け等が内容となっている。

2.EUの評議会・欧州委員会(EU行政機関)における職場の化学物質の曝露限度管理のあり方の検討・関係指令
(1)化学物質の曝露限度値に関するEU指令
 EUは、従来から労働者の危険物からの曝露保護のためのプログラムや曝露限界値の策定に取組んでいる。その法的根拠は、①1989年欧州評議会の労働者の職場での安全・健康の改善の促進の手段に関するフレームワーク指令(89/391/EEC)、②1998年事業所における化学物質からの労働者の健康・安全に関する保護指令(98/24/EC)(いわゆる化学物質指令)、③2000年第一次化学物質(63種)の曝露限度値一覧に関する欧州委員会指令(2000/39/EC)である。

(2)科学専門家グループ(Scientific Expert Group:SEG)による限度値の検討作業
 委員会は、1990年に評議会の要請に基づき、加盟国による各種の観点からの再検討結果を踏まえ曝露限度値設定のための科学専門家による非公式検討グループを設置した。事業所内曝露限度値(OELs)の奨励目的から、委員会はSEGを公式化し、併せて事業所内の化学物質に関するリスクの科学的査定の作業基盤を設定した。
 この事業所内の曝露限度値に関する科学委員会(Scientific Committee on Occupational Exposure Limits:SCOEL)は適切な限度値の提案のための助言を行うものである。
 委員会は、内部作業文書であるガイダンス注釈(Guidance note)を承認したが、これは事業所における安全、衛生、健康分野の専門家から集めた意見に基づき内容の更新を行っている。同注釈は、政府、産業界、労働者、科学者その他関係機関に対し、どのようにどの段階で介在を求めるかについての手順を含むものである。
委員会は、健康面の基本となる科学的コメントおよび最終段階としてさらに追加すべきデータについて関係者に対し公的要約文書の同意をとることになる。6か月間のパブリックコメントに付した後、最終版の文書内容の討議を経て委員会としての公表を行う予定である。
 なお、SCOELはOELsに関し意見の併合の過程で追加的に次の点に関する表記や情報について意見を提供することができる。①8時間の時間加重平均(Eight-hour time-weighted average:TWA-8h)、②短時間曝露限界値(short-term exposure limits:STEL)、③生物学的限界値(biological limit values:BLVs)

3.事業所の経営者に対する助言
 英国の専門弁護士は、今回の論文に関し、①差し当たり雇用者は現在の英国の保険安全規則等やガイダンスの遵守状況を再確認する手続きをとること、②労働衛生士(Occupational Hygienist)から適切な助言を得ることであり、小規模な事務所で通気性が十分確保された場所に設置したレーザー・プリンターを使用している場合はあわてる必要はないと述べている。
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(筆者注1)厚生労働省は平成15年5月に施行された「健康増進法」に基づき「職場における喫煙対策のためのガイドライン」を平成15年5月に改訂している。しかしこの点について事業所の取組状況は決して満足とはいえないという調査結果も出されている。

(筆者注2)2006年4月にアメリカ化学会から論文査定・承認された国立保健医療科学院、東京工業大学、金沢大学、テクノ菱和、韓国の仁川大学(University of Incheon)の研究グループの論文で、「Building and Environment」2007年5月号で発表している。

(筆者3)アメリカ化学会(American Chemical Society, ACS)は、米国に基盤をおく、化学分野の研究を支援する個人参加型の学術専門団体である。1876年に設立され現在の会員数は約163,000人と、化学系学術団体としては世界最大のものになっている。隔年で化学の全領域についての国内会議と、数10の特別分野についての小委員会を開催している。出版部門では、20誌ほどの雑誌(多くが各分野のトップジャーナルとなっている)と、数シリーズの書籍を発行している。中でも最も古いのは1879年に発行を開始した米国化学会誌(Journal of the American Chemical Society, JACS)であり、これは現在発行されている全化学系雑誌の中でも、極めて高い権威を有する雑誌である。(Wikipediaから引用)。

(筆者注4)英国安全衛生委員会(Health and Safety Commission)における事業所内の化学物質の曝露限度値への取組については、やや古くなるが2003年11月、わが国の「国際安全衛生センター」が概要を紹介している。化学的専門知識が十分といえない事業者とりわけ中小企業向けの施策のあり方や実用化できるガイダンスの必要性等について配慮した姿勢は、わが国の今後の検討に当り参考となりうるものといえよう。

〔参照URL〕
http://www.out-law.com/page-8342
http://pubs.acs.org/subscribe/journals/esthag-w/2007/aug/science/nl_printers.html
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